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勉強のためなら「脱藩」も辞さない
吉田松陰(よしだしょういん)は、とにかく「現地に行って自分の目で見たい」という知識欲の塊でした。
東北地方への視察旅行を計画した際、藩からの通行許可証の発行が旅行の出発日に間に合いませんでした。普通の武士なら許可が出るまで待ちますが、松陰は「友達と約束した日を破るわけにはいかない」と、なんと許可を待たずに勝手に出発(脱藩)してしまったのです。当然、武士の身分を剥奪される重罪になりました。

よしだしょういん
吉田松陰
01
吉田松陰(よしだしょういん)は、とにかく「現地に行って自分の目で見たい」という知識欲の塊でした。
東北地方への視察旅行を計画した際、藩からの通行許可証の発行が旅行の出発日に間に合いませんでした。普通の武士なら許可が出るまで待ちますが、松陰は「友達と約束した日を破るわけにはいかない」と、なんと許可を待たずに勝手に出発(脱藩)してしまったのです。当然、武士の身分を剥奪される重罪になりました。
02
松陰の行動力は国境すら越えようとします。ペリーの黒船が再び日本(下田)にやってきた時、「西洋の優れた技術を直接学びたい」と考えた松陰は、夜の海を小舟で漕ぎ出し、ペリーの旗艦に乗り込んで「アメリカへ連れて行ってくれ!」と密航を直訴しました。ペリーは彼の勇気に感心しましたが、国禁を破るわけにはいかないと拒否。松陰は自首し、牢屋(野山獄)に入れられてしまいます。
03
牢屋に入れられても松陰はへこたれません。「せっかくここにいるのだから、皆で学び合いましょう」と、牢屋の中にいる他の囚人や、さらには監視役の役人まで巻き込んで、獄中で『孟子』などの講義を始めてしまったのです。この圧倒的なポジティブさと情熱が、のちの松下村塾へと繋がり、高杉晋作や伊藤博文といった明治維新を成し遂げる若者たちの心に火をつけることになります。
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