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誰も行きたがらない「死の海」への挑戦
8世紀の日本は、勝手に僧侶と名乗って税金を逃れる者が続出し、仏教のルール(戒律)が崩壊していました。そこで日本の使者は、唐のトップ僧侶である鑑真のもとへ行き、「どうか日本へ来て、正しいルールを教えてください」と頼み込みます。 当時の航海は命がけであり、弟子たちは全員が尻込みしました。しかし鑑真は「仏法のためなら命は惜しくない」と、自ら日本へ行くことを決意します。ここから、12年にも及ぶ壮絶な来日プロジェクトが幕を開けました。

がんじん
鑑真
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8世紀の日本は、勝手に僧侶と名乗って税金を逃れる者が続出し、仏教のルール(戒律)が崩壊していました。そこで日本の使者は、唐のトップ僧侶である鑑真のもとへ行き、「どうか日本へ来て、正しいルールを教えてください」と頼み込みます。 当時の航海は命がけであり、弟子たちは全員が尻込みしました。しかし鑑真は「仏法のためなら命は惜しくない」と、自ら日本へ行くことを決意します。ここから、12年にも及ぶ壮絶な来日プロジェクトが幕を開けました。
02
鑑真の航海は、信じられないほどの不運に見舞われます。 1回目〜4回目は、密告による出航停止、激しい嵐での難破、さらには海賊の襲撃などでことごとく失敗。5回目の航海では猛烈な台風に流され、なんと中国の遥か南の海南島まで漂着してしまいます。この過酷な旅の疲労と、亜熱帯の気候による病(感染症など)が原因で、鑑真は両目の視力を完全に失ってしまいました。
03
目が見えなくなっても鑑真は諦めず、753年、ついに6回目の航海で日本の地(鹿児島県)を踏むことに成功します。 失明していた鑑真ですが、彼には驚くべき能力が備わっていました。彼は仏教だけでなく薬学(漢方)の達人でもあり、目が見えなくても、鼻で匂いを嗅ぎ、舌で味わうだけで、薬草の種類や質を完璧に判別できたと伝えられています。彼が持参した知識と強い意志は、日本の医療や仏教に多大な貢献をもたらしました。
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