01
蹴鞠の会での運命的な出会い
中臣鎌足(なかとみのかまたり)は、蘇我氏の独裁を打ち破るための同志を探していました。ある日、飛鳥寺で行われた「蹴鞠(けまり)」の会で、中大兄皇子の靴が脱げて飛んでいきました。鎌足はこれを拾い、うやうやしく捧げ持ちました。このドラマチックな接触をきっかけに二人は親密になり、クーデターの密議を重ねるようになったと伝えられています。


なかとみのかまたり
中臣鎌足
歴史の表舞台には立たず、常にナンバーツーとして中大兄皇子を支え続けた男。彼が描いた緻密なシナリオが、日本の政治システムを根本から作り変えた。
01
中臣鎌足(なかとみのかまたり)は、蘇我氏の独裁を打ち破るための同志を探していました。ある日、飛鳥寺で行われた「蹴鞠(けまり)」の会で、中大兄皇子の靴が脱げて飛んでいきました。鎌足はこれを拾い、うやうやしく捧げ持ちました。このドラマチックな接触をきっかけに二人は親密になり、クーデターの密議を重ねるようになったと伝えられています。

02
645年の「乙巳の変(蘇我入鹿暗殺)」において、鎌足は自ら剣を振るうのではなく、全体の作戦を練る「プロデューサー」の役割に徹しました。暗殺の段取りから、成功した後の新政府の人事(誰を天皇にするか)まで、彼が裏で完璧に計算し尽くしていたからこそ、改新は成功したと考えられています。

03
鎌足は中大兄皇子が天智天皇になった後も、出しゃばることなく彼を支え続けました。彼が死の直前に天皇から与えられたのが「藤原」という新しい名字です。この彼から始まった藤原氏が、その後平安時代を通じて日本の政治を独占していくことになります。権力の絶頂を極める基礎を作った、最強の裏方です。

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