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ずっと信長の部下だった? 実は人生の後半だけ
明智光秀といえば、「織田信長の家臣」という肩書きがあまりにも有名です。ドラマや小説では、信長から理不尽にいじめられ、恨みを募らせて裏切る人物として描かれることもあります。ところが、そのイメージだけで人生をたどろうとすると、大事な前半が消えてしまいます。
光秀が信長との関係を深める以前には、足利義昭や室町幕府周辺で政治的な活動をしていた時期があります。義昭と信長の双方に関わる時期を経て、その後、信長のもとで重要な立場へ進んでいった人物なのです。
つまり、「無名だった光秀を信長が拾い、一気に出世させた」という単純な話ではありません。すでに別の政治の世界にいた光秀が、信長とも関係を持つようになった。福知山市の資料でも、信長と関係した時期は約15年と整理されています。前半生には不明点が多く、生年も確定していませんが、人生全体を「ずっと信長の人」で片付けるのは無理があります。
しかも、信長のもとで低く扱われていただけの人物でもありません。坂本城を拠点にし、丹波攻略などの重要な仕事を任され、その働きを高く評価されていました。「いつもいじめられていたから」という一本の線だけでは、二人の関係を説明できないのです。
すでに政治の世界に関わっていた人が、信長からも重要な仕事を任され、最後にはその相手を本能寺で討つ。最後の事件が有名すぎて、それ以前の人生まで「信長の家臣だった人」に見えてしまう。光秀の不思議さは、裏切った瞬間よりも前から始まっています。




