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刑場で知った「日本の医学の遅れ」
杉田玄白(すぎたげんぱく)と前野良沢らはある日、処刑場(小塚原刑場)で罪人の死体の解剖(腑分け)を見学する機会を得ました。 彼らはオランダ語の医学書『ターヘル・アナトミア』を持参して実際の死体と見比べたのですが、そこに描かれている内臓の図が、実際の死体と恐ろしいほど正確に一致していることに衝撃を受けます。「今まで信じていた東洋医学の図は間違っていた! この本を日本語に翻訳しなければ!」と使命感に燃え、無謀な翻訳プロジェクトがスタートしました。

すぎたげんぱく
杉田玄白
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杉田玄白(すぎたげんぱく)と前野良沢らはある日、処刑場(小塚原刑場)で罪人の死体の解剖(腑分け)を見学する機会を得ました。 彼らはオランダ語の医学書『ターヘル・アナトミア』を持参して実際の死体と見比べたのですが、そこに描かれている内臓の図が、実際の死体と恐ろしいほど正確に一致していることに衝撃を受けます。「今まで信じていた東洋医学の図は間違っていた! この本を日本語に翻訳しなければ!」と使命感に燃え、無謀な翻訳プロジェクトがスタートしました。
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しかし、大問題がありました。当時、彼らの手元には「オランダ語の辞書」が一つもなかったのです。しかも玄白自身はオランダ語をほとんど読めませんでした。 ではどうやって翻訳したのか? 玄白が後年に書いた『蘭学事始』によると、それは「壮大な連想ゲーム」でした。例えば、オランダ語の文の中に「フルヘッヘンド」という謎の単語がありました。意味がわからず悩んでいたところ、別の本で「木の枝を切り落とすと、その跡がフルヘッヘンドする」という一文を見つけます。「そうか! 盛り上がる(うずたかくまる)という意味だ!」と推理し、これを「鼻の骨がフルヘッヘンドしている=隆起している」と翻訳したのです。
03
4年の歳月と執念の推理を経て、ついに『解体新書』は出版され、玄白は蘭学の第一人者として大成功を収めました。 しかし、実際にオランダ語を必死に読み解いていたメインの翻訳者は、相棒の「前野良沢」でした。良沢は「完璧に翻訳できていない本に自分の名前は出せない」という職人気質から、本の著者に名前を載せなかったのです。玄白は晩年に書いた回顧録『蘭学事始』の中で、「あの翻訳が成功したのは、ひとえに良沢の語学力と努力のおかげだ」と相棒の功績を素直に讃え、後世に書き残しています。ベストセラー作家の正直で誠実な素顔です。
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