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柔術の達人、暗殺者を迎撃する
1882年、遊説先の岐阜で暴漢に襲われた「岐阜事件」。この時、板垣はただ刺されて倒れたわけではありません。 短刀で襲いかかってきた相原尚褧(あいはらなおふみ)に対し、板垣が襲撃者に抵抗し、周囲に取り押さえられるまで応戦したことは記録されていますが、肘打ちや足払いの細部は史料・報道で描写が異なります。彼はバリバリの武士であり、武術の心得がありました。周囲が止めに入ったため刃物で負傷はしたものの、本人は興奮状態で板垣が負傷後も気丈に振る舞ったという逸話が残っていますが、発言の正確な文言は確定できません。

