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「油売り」は父のこと。新史料が明かした二代の国盗り
長年、斎藤道三は「京都の妙覚寺で僧侶となったのちに還俗し、山崎屋の油売りを経て美濃へ入り、主君を追放して大名になった」とされてきました。しかし、昭和30年代に発見された『六角承禎条書写(ろっかくじょうていじょうしょうつし)』などの史料研究により、この前半生の経歴は、道三の父である長井新左衛門尉(ながいしんざえもんのじょう)のものであることが判明しました。 父・新左衛門尉は、日蓮宗のネットワークを利用して美濃の守護大名・土岐氏に取り入り、長井氏を名乗って勢力を拡大したのち、急死します。その地盤を受け継いだのが息子の道三(当時の名は利政)でした。 道三は父が築いた基盤を最大限に利用し、美濃の守護代である斎藤氏の名跡を継ぎ、最終的には主君である土岐頼芸(ときよりあき)を尾張へ追放して美濃を完全に掌握しました。「一代の成り上がり」という伝説は、父と子の事績が後世の軍記物(『美濃国諸旧記』など)で一人の人物のものとして混同・統合された結果生み出されたものだったのです。








































































































