平賀源内

ひらがげんない

平賀源内

平賀源内|発明・出版・博物学に挑んだ江戸の万能人

基本情報

名前
平賀源内
読み
ひらがげんない
生没年
1728年〜1780年
時代
江戸時代中期
立場・肩書
本草学者・発明家・文人
主なゆかりの地
香川県さぬき市/東京都台東区
代表的な出来事
エレキテルの紹介、物産会、著述
関連人物
杉田玄白・田沼意次

01

江戸のマルチ・クリエイター

平賀源内は、一つの枠に収まりきらない人物でした。元々は高松藩の武士でしたが、才能を持て余して脱藩し、江戸でフリーランスとして活動を始めます。 物産展(博覧会)の企画、鉱山の採掘指導、西洋画の指導、そして「土用の丑の日にウナギを食べよう」というキャッチコピーの考案など、科学者からプロデューサーまで何でもこなす、時代の寵児としてもてはやされました。

江戸のマルチ・クリエイター
歯車を狂わせた「被害妄想」と殺人

02

歯車を狂わせた「被害妄想」と殺人

しかし1779年、源内の運命は突然暗転します。彼は大名屋敷の修理を請け負った際、大工の弟子たちと酒を飲んでいました。 泥酔して目を覚ました源内は、重要な「設計図」が見当たらないことに気づきます。「お前が盗んだな!」と激しい被害妄想に駆られた彼は、大工の弟子を刀で斬り殺してしまったのです。(※設計図は単に源内自身が別の場所に置き忘れていただけでした)。

03

小伝馬町の牢屋での悲惨な最期

正気に戻り、自分の犯した罪の重さに愕然とした源内は、自ら奉行所に自首しました。 時代の寵児であった彼も、殺人犯として小伝馬町の牢屋に収監され、裁きを待つことになります。しかし、過酷な牢獄の環境と絶望から破傷風(または他の感染症)にかかり、判決が出る前に獄中でひっそりと息を引き取りました。輝かしい才能が、一瞬の狂気によって無惨に散った江戸のダークサイドです。

小伝馬町の牢屋での悲惨な最期

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