01
大雨の夜の「駆け落ち婚」
北条政子の激しい性格は、源頼朝との結婚のエピソードからすでに全開です。 当時、頼朝は平家に負けて伊豆に流されていた罪人(流人)でした。政子の父・北条時政は、政子を地元の有力な役人(平兼隆)と結婚させようとします。しかし頼朝と恋に落ちていた政子は、結婚式の夜、なんと大雨が降る真っ暗な山道を一人で抜け出し、頼朝の元へと駆け落ちしてしまったのです。親の決めた政略結婚が絶対だった時代に、自らの意志で愛を貫いた超・肉食系女子でした。

ほうじょうまさこ
北条政子
01
北条政子の激しい性格は、源頼朝との結婚のエピソードからすでに全開です。 当時、頼朝は平家に負けて伊豆に流されていた罪人(流人)でした。政子の父・北条時政は、政子を地元の有力な役人(平兼隆)と結婚させようとします。しかし頼朝と恋に落ちていた政子は、結婚式の夜、なんと大雨が降る真っ暗な山道を一人で抜け出し、頼朝の元へと駆け落ちしてしまったのです。親の決めた政略結婚が絶対だった時代に、自らの意志で愛を貫いた超・肉食系女子でした。
02
頼朝が鎌倉殿として出世した後、政子の恐ろしさが爆発する事件が起きます。 妊娠中の政子に隠れて、頼朝が「亀の前」という愛人を囲っていることが発覚しました。激怒した政子は、武士たちに命じて、その愛人が住んでいる家(伏見広綱の邸宅)を徹底的に打ち壊し、ペシャンコに破壊してしまったのです。これは「後妻打ち(うわなりうち)」という当時の風習の一種とも言われますが、天下人である頼朝の愛人を物理的に排除する彼女の嫉妬心と行動力は、周囲を震え上がらせました。
03
政子の最大の功績は、1221年の承久の乱における「演説」です。 朝廷(後鳥羽上皇)から幕府討伐の命令が出てパニックになる鎌倉の武士たちに対し、政子は御簾(みす)の前に進み出ました。「亡き頼朝公が、あなたたちを平家の支配から救い、土地を与えてくれた御恩は、山よりも高く海よりも深い恩のはずです。今こそその恩に報いなさい!」と涙ながらに(または側近に代読させて)訴えかけました。この言葉で結束した武士たちは朝廷軍を撃破し、武士の政権を確固たるものにしました。激しい愛と政治力が合致した、日本最強のファーストレディです。
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