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「妹子」だけどゴリゴリの男性
名前に「妹子(いもうと・こ)」と入っているため、歴史を習い始めた小学生が必ず「女の人だ!」と勘違いする人物ですが、れっきとした男性の官僚です。 古代日本において「子」という字は男女問わず尊称として使われており、男性名としても珍しいものではありませんでした。冠位十二階の中でも最上位クラスの身分を持っており、当時の日本を代表する超エリートオジサンだったと考えられます。

おののいもこ
小野妹子
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名前に「妹子(いもうと・こ)」と入っているため、歴史を習い始めた小学生が必ず「女の人だ!」と勘違いする人物ですが、れっきとした男性の官僚です。 古代日本において「子」という字は男女問わず尊称として使われており、男性名としても珍しいものではありませんでした。冠位十二階の中でも最上位クラスの身分を持っており、当時の日本を代表する超エリートオジサンだったと考えられます。
02
妹子が隋へ持っていった国書には「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」と書かれていました。 これを見た隋の皇帝・煬帝は「野蛮な国の王が、私と対等な『天子』を名乗るとは生意気だ!」と激怒したと記録されています。しかし隋は当時、高句麗(朝鮮半島)との戦争を控えていたため、日本を敵に回すのは得策ではないと判断し、妹子に返事を持たせて帰国させることにしました。
03
ところが、日本へ帰る途中、朝鮮半島の百済(くだら)という国を通過した際、妹子は「百済人に襲われて、隋の皇帝からの大切な返事(返書)を奪われてしまいました」と報告します。 国家の運命を左右する外交文書をなくすなど、本来なら即座に死罪レベルの大失態です。しかし、一部の歴史家の間では「手紙には日本を属国扱いするような屈辱的な内容が書かれており、それを聖徳太子に見せるわけにいかなかったため、妹子がわざと捨てて(なくしたことにして)揉め事を回避したのではないか」とも推測されています。もし本当なら、機転を利かせた究極の自己犠牲だったのかもしれません。
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