小野妹子

おののいもこ

小野妹子

小野妹子|返事をなくした? 小野妹子の「大紛失事件」の真相

基本情報

名前
小野妹子
読み
おののいもこ
生没年
生没年不詳
時代
飛鳥時代
立場・肩書
政治家・外交官
主なゆかりの地
倭国・隋
代表的な出来事
第2回遣隋使として隋へ渡り国書を届けたこと
関連人物
聖徳太子、煬帝、百済人

01

「妹子」だけどゴリゴリの男性

名前に「妹子(いもうと・こ)」と入っているため、歴史を習い始めた小学生が必ず「女の人だ!」と勘違いする人物ですが、れっきとした男性の官僚です。 古代日本において「子」という字は男女問わず尊称として使われており、男性名としても珍しいものではありませんでした。冠位十二階の中でも最上位クラスの身分を持っており、当時の日本を代表する超エリートオジサンだったと考えられます。

「妹子」だけどゴリゴリの男性
皇帝をブチギレさせた強気の外交

02

皇帝をブチギレさせた強気の外交

妹子が隋へ持っていった国書には「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」と書かれていました。 これを見た隋の皇帝・煬帝は「野蛮な国の王が、私と対等な『天子』を名乗るとは生意気だ!」と激怒したと記録されています。しかし隋は当時、高句麗(朝鮮半島)との戦争を控えていたため、日本を敵に回すのは得策ではないと判断し、妹子に返事を持たせて帰国させることにしました。

03

大事な手紙を「なくしました」!?

ところが、日本へ帰る途中、朝鮮半島の百済(くだら)という国を通過した際、妹子は「百済人に襲われて、隋の皇帝からの大切な返事(返書)を奪われてしまいました」と報告します。 国家の運命を左右する外交文書をなくすなど、本来なら即座に死罪レベルの大失態です。しかし、一部の歴史家の間では「手紙には日本を属国扱いするような屈辱的な内容が書かれており、それを聖徳太子に見せるわけにいかなかったため、妹子がわざと捨てて(なくしたことにして)揉め事を回避したのではないか」とも推測されています。もし本当なら、機転を利かせた究極の自己犠牲だったのかもしれません。

大事な手紙を「なくしました」!?

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