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生まれた瞬間から大戦争の「火種」にされた
義尚の父(8代義政)は、最初は弟に将軍を譲る約束をしていました。しかしその直後に義尚が誕生したため、強欲な母・日野富子が「絶対に私の息子を将軍にする!」と大暴走。これが原因で日本中の大名が真っ二つに分かれ、11年も続く「応仁の乱」が勃発してしまいました。義尚にしてみれば、「俺はただ生まれただけなのに!」と叫びたくなるような、最悪のスタートダッシュです。


あしかがよしひさ
足利義尚
室町幕府9代将軍・足利義尚(あしかが よしひさ)。彼がこの世に生まれたことこそが、日本を二分する大戦争「応仁の乱」の最大の引き金でした。周囲の大人たちに人生を狂わされながらも、腐ることなく「強い将軍」を目指した、文武両道のイケメン将軍の悲しき奮闘記です。
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義尚の父(8代義政)は、最初は弟に将軍を譲る約束をしていました。しかしその直後に義尚が誕生したため、強欲な母・日野富子が「絶対に私の息子を将軍にする!」と大暴走。これが原因で日本中の大名が真っ二つに分かれ、11年も続く「応仁の乱」が勃発してしまいました。義尚にしてみれば、「俺はただ生まれただけなのに!」と叫びたくなるような、最悪のスタートダッシュです。

02
応仁の乱が終わった後、成長した義尚は「ちゃんとした政治をして、幕府を立て直そう!」と奮起します。しかし、立ちはだかったのは実の母親・富子でした。彼女は政治に口を出し、自分のお金儲けばかりを優先します。ついにブチ切れた義尚は、なんと将軍なのに「母親のいる御所を飛び出して家出する」という強硬手段に出ました。親子の断絶は決定的となり、彼は母親の干渉を排除して自立の道を歩み始めます。

03
「幕府の命令を聞かない大名をぶっ飛ばす!」と、義尚は自ら軍を率いて近江(滋賀県)の六角氏討伐に出陣しました。和歌も武芸も得意な完璧なプリンスでしたが、戦線の膠着による極度のストレスから、陣中でお酒に逃げるようになってしまいます。そしてそのまま体を壊し、陣を張っていたお寺でわずか25歳という若さで病死。彼が死んだことで、室町幕府の権威は完全に地に落ちることになりました。

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