蘇我馬子

そがのうまこ

蘇我馬子

蘇我馬子|天皇暗殺の黒幕? 蘇我馬子と「仏教導入プロジェクト」

基本情報

名前
蘇我馬子
読み
そがのうまこ
生没年
551年頃〜626年
時代
飛鳥時代
立場・肩書
豪族、政治家(
主なゆかりの地
奈良県/奈良
代表的な出来事
飛鳥時代の豪族、政治家(551年頃〜626年)。聖徳太子と共に政治を行い、仏教の保護と国政改革を推進。崇峻天皇を暗殺したとされる。
関連人物
聖徳・崇峻・聖徳太子・崇峻天皇

01

仏教をめぐる「神様戦争」

蘇我馬子(そがのうまこ)が活躍した時代、日本は「外国から来た仏教を取り入れるか(崇仏派・蘇我氏)」、「日本の神様を守るか(排仏派・物部氏)」で真っ二つに割れていました。馬子は仏像を拝んで疫病が流行ると「お前のせいだ!」と仏像を川に捨てられるなど、激しいバッシングを受けながらも、大陸の最新技術とセットになった仏教の導入を諦めませんでした。

仏教をめぐる「神様戦争」
天皇すら暗殺する「冷徹なフィクサー」

02

天皇すら暗殺する「冷徹なフィクサー」

物部氏を武力で滅ぼし、権力を握った馬子ですが、彼が擁立した崇峻天皇と対立するようになります。すると馬子は、部下を使って崇峻天皇を暗殺させてしまいました。臣下が天皇を暗殺したとして記録に残る、日本史上極めて異例で冷酷なクーデターです。

03

石舞台古墳に眠る「新しい国づくり」

馬子と聖徳太子が強力なタッグを組み、日本は仏教を中心とした近代的な国家へと生まれ変わっていきました。奈良県にある巨大な「石舞台古墳」は、馬子のお墓であるとする説が有力です。冷酷な独裁者か、それとも国をアップデートした偉大なイノベーターか。歴史の評価が分かれる巨人です。

石舞台古墳に眠る「新しい国づくり」

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