上杉謙信

うえすぎけんしん

上杉謙信

上杉謙信|軍神の実像と、後世に膨らんだ武勇伝

基本情報

名前
上杉謙信
読み
うえすぎけんしん
生没年
1530年〜1578年
時代
戦国時代
立場・肩書
越後国主・武将
主なゆかりの地
新潟県上越市/長野県長野市/富山県
代表的な出来事
越後統一、川中島の戦い、関東出兵
関連人物
武田信玄・上杉景勝

01

ストイックすぎる「毘沙門天の化身」

上杉謙信は、戦国大名としては極めて異端な存在でした。領土拡大の野心を持たず、他国から「助けてくれ」と頼まれた時だけ出陣する義の武将。 さらに「生涯不犯(女性を近づけず、子を作らない)」という仏教の戒律を厳格に守り抜き、自らを戦いの神・毘沙門天の化身と称しました。精神的にも肉体的にも、他を寄せ付けないストイックさを持っていたのです。

ストイックすぎる「毘沙門天の化身」
異常な「塩分偏重」の食生活

02

異常な「塩分偏重」の食生活

そんな完璧超人の謙信に、たった一つだけコントロールできない欲がありました。それが「酒」です。 彼は「馬上杯」と呼ばれる大きな器で大量の酒をあおりました。問題は酒の量だけではなく、その「おつまみ」です。謙信は、手のひらに盛った「塩」や、酸っぱい「梅干し」だけを舐めながら、強い酒をガブ飲みするという、現代の医者が見たら卒倒するような極端な塩分過多の食生活を続けていました。

03

トイレで倒れた49歳の死

無敵の軍神を倒したのは、武田信玄でも織田信長でもありませんでした。 1578年、大規模な遠征の準備を進めていた謙信は、城内のトイレで突然倒れ、そのまま言葉を発することなく49歳で急死しました。死因は高血圧による脳卒中(脳溢血)だと推測されています。戦場では誰にも負けなかった天才が、長年の偏食による生活習慣病に敗れるという、あっけない最期でした。

トイレで倒れた49歳の死

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