01
どん底からのV字回復
父・鎌足の死後、壬申の乱で近江朝廷(天智天皇側)が敗北したため、不比等の青年期は非常に不遇であったと推測されています。しかし、彼は下級官僚から持ち前の政治センスで這い上がり、持統天皇らに取り入って法律(大宝律令)の制定プロジェクトのトップに登り詰めました。

ふじわらの ふひと
藤原不比等
01
父・鎌足の死後、壬申の乱で近江朝廷(天智天皇側)が敗北したため、不比等の青年期は非常に不遇であったと推測されています。しかし、彼は下級官僚から持ち前の政治センスで這い上がり、持統天皇らに取り入って法律(大宝律令)の制定プロジェクトのトップに登り詰めました。
02
不比等が行った最大のチート技が「娘を天皇の妻にする」ことです。娘の宮子を文武天皇に嫁がせ、さらに別の娘(光明子)を、皇族以外の出身としては初めて「皇后(聖武天皇の正室)」にすることに成功しました。これにより、天皇のおじいちゃん(外戚)として権力を独占する「藤原氏の必勝パターン」を完成させたのです。
03
国家の歴史書である『古事記』や『日本書紀』の編纂にも、不比等の強い影響力があったと考えられています。神話の中で、藤原氏の祖先(天児屋命)が天皇の祖先を助ける重要な役割として描かれているのは、不比等が「自分たちの家系がいかに偉大か」をアピールするために情報を操作(脚色)させた結果だとする説が有力です。法律と歴史をデザインした、古代最大のフィクサーです。
SAME CATALOG