01
汚職を絶対に許さない「元・鬼警部」
大塩平八郎(おおしおへいはちろう)は、もともと大坂の町奉行所で「与力(警察の幹部)」として働く超エリートでした。
彼は非常に正義感が強く、汚職をしている役人や悪徳商人を次々と摘発して恐れられていました。しかし、腐敗した組織に嫌気がさし、職を辞して自分の塾(洗心洞)を開き、「陽明学(知行合一=正しいと思ったことは必ず行動に移す学問)」を教える教育者となっていました。

おおしおへいはちろう
大塩平八郎
01
大塩平八郎(おおしおへいはちろう)は、もともと大坂の町奉行所で「与力(警察の幹部)」として働く超エリートでした。
彼は非常に正義感が強く、汚職をしている役人や悪徳商人を次々と摘発して恐れられていました。しかし、腐敗した組織に嫌気がさし、職を辞して自分の塾(洗心洞)を開き、「陽明学(知行合一=正しいと思ったことは必ず行動に移す学問)」を教える教育者となっていました。
02
1830年代、「天保の大飢饉」が発生し、大坂の町には餓死者が溢れました。しかし幕府の役人たちは江戸へ米を送るばかりで、大坂の豪商たちも米を買い占めて儲けていました。
平八郎は「蔵の米を民衆に出してくれ」と役人に直訴しますが無視されます。激怒した彼は、自分が大切にしていた数万冊の「蔵書(本)」を全て売り払い、そのお金を大坂中の貧しい人々に現金で配って回ったのです。
03
「もはや武力で役人と悪徳商人を倒すしかない」。平八郎は門下生や農民を集めて大砲を撃ち、大坂の町で反乱(大塩平八郎の乱)を起こします。しかし、計画は事前に密告されており、幕府の正規軍の前にわずか半日で鎮圧されてしまいました。平八郎は逃亡の後、隠れ家を包囲されて爆死(自刃)します。幕府の元エリートが反乱を起こしたという事実は、日本中に多大なショックを与え、幕府崩壊のカウントダウンを早めました。
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