土方歳三

ひじかたとしぞう

土方歳三

土方歳三|隊士を恐怖で震え上がらせた新選組のナンバーツー。しかし京都での彼は、モテる自分に酔いしれ、実家の親戚に自慢のラブレターを送りまくっていた。

基本情報

名前
土方歳三
読み
ひじかたとしぞう
生没年
1835年〜1869年
時代
幕末
立場・肩書
武士、新選組副長
主なゆかりの地
多摩、京都、函館、五稜郭
代表的な出来事
新選組副長、箱館戦争
関連人物
近藤勇、沖田総司、榎本武揚

01

「俺、京都でモテすぎてヤバい」

新選組の鉄の掟(局中法度)を作り、切腹を連発させた冷酷な「鬼の副長」。しかし、多摩(東京)の実家に残された彼の手紙を見ると、強烈な承認欲求とナルシストな素顔が爆発しています。

「京都に来てからというもの、芸者や舞妓からモテてモテて仕方がなく、まるで自分が大名になったようだ」。そんな手紙と共に、女性たちから届いた大量のラブレター(恋文)を木箱にパンパンに詰め込み、わざわざ実家へ郵送して自慢しました。「俺のモテっぷりを地元の奴らに見せてやってくれ」という、少し痛いほどの自意識過剰ぶりです。

「俺、京都でモテすぎてヤバい」
隠しておきたかった「黒歴史の俳句集」

02

隠しておきたかった「黒歴史の俳句集」

土方は剣術だけでなく、風流な文化人を目指して俳句を詠む趣味がありました。彼は自作の句をまとめた『豊玉発句集(ほうぎょくほっくしゅう)』というノートを作っていました。

しかし、その中身は「しれば迷い しらねば迷ふ 法の道(知れば迷うし、知らなくても迷うよね)」といった、ポエムとしてはかなり素人くさい、いわゆる中二病的な句が多数残されています。彼が新選組として京へ旅立つ際、このノートを親戚の家に置いていってしまったため、現代までその恥ずかしい黒歴史がバッチリ残ってしまいました。

03

写真へのこだわりと洋装の着こなし

モテる自分を意識していた土方は、「見せ方」にも異常なこだわりを持っていました。

有名な函館で撮られた洋装の写真(椅子に座っているもの)を見ても、髪を綺麗にセットし、フランス軍の軍服を完璧に着こなし、自分の最も格好いい角度を計算し尽くして撮影に臨んでいます。現代で言えば、Instagramのプロデュース能力が極めて高いインフルエンサー気質。冷徹なだけではなく、自分を愛し、愛されることを楽しんだ人間臭い若者だったのです。

写真へのこだわりと洋装の着こなし

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