犬養毅

いぬかいつよし

犬養毅

犬養毅|「話せばわかる」の真実。犬養毅の凄すぎる肝っ玉

基本情報

名前
犬養毅
読み
いぬかいつよし
生没年
1855年〜1932年
時代
明治〜昭和初期
立場・肩書
政治家・第29代内閣総理大臣
主なゆかりの地
岡山県・東京都首相官邸
代表的な出来事
政党政治を進めたこと・五・一五事件での暗殺
関連人物
海軍青年将校・政党関係者

01

暗殺者たちを「客間」へ案内する

教科書でも有名な、暗殺される直前の名言「話せばわかる」。相手の将校が「問答無用!」と撃ったため、対話が通じなかった悲劇として語られます。

しかし、事件当時の官邸の状況を詳しく見ると、犬養毅の並外れた胆力が浮かび上がります。突然ピストルを持って乱入してきた青年将校たちに対し、犬養は逃げるどころか「まあ待て。撃つのはいつでも撃てる。とりあえず靴を脱いで、こっちへ来い」と、なんと彼らを客間へ案内したのです。

暗殺者たちを「客間」へ案内する
お茶を出して「さあ、話を聞こう」

02

お茶を出して「さあ、話を聞こう」

暗殺者たちも、まさか総理大臣が逃げずに自分たちを接待し始めるとは思わず、思わず靴を脱いで客間に上がってしまいました。

犬養は彼らをソファーに座らせ、タバコ(またはお茶)を勧めて「さあ、お前たちの言い分を聞こうじゃないか。話せばわかる」と、本気で彼らと政治議論をして説得しようとしたと伝えられています。しかし、後から遅れて部屋に乱入してきた別の将校がパニックになって「問答無用! 撃て!」と叫んだため、対話は途絶え、彼は凶弾に倒れてしまいました。

03

孫文をかくまった「アジアのフィクサー」

犬養毅はただの頑固なお爺ちゃん政治家ではありません。彼は若い頃からアジアの革命家たちを熱心に支援していました。

特に有名なのが、中国革命の父である「孫文」です。孫文が日本に亡命してきた際、犬養は彼を匿い、活動資金を援助して革命を裏から支えました。暗殺の瞬間まで言葉の力を信じ、国境を越えてアジアの未来を描いていた、極めてスケールの大きな人物だったのです。

孫文をかくまった「アジアのフィクサー」

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