01
「青白い美少年」は司馬遼太郎らの創作
幕末の悲劇のアイドル・沖田総司ですが、実は生前の彼の写真は一枚も残っていません。私たちが知っている「色白で線の細い美少年」というイメージは、昭和の小説家(司馬遼太郎など)や映画、漫画のキャラクター設定が世間に定着したものです。
では実際の顔はどうだったのか。生前の沖田を知る親戚や関係者の証言を集めると、「背が高く、肩幅が広く、色黒で、ヒラメのような顔(平たい顔)をしていた」という、イケメンとは程遠いリアルな外見が浮かび上がってきます。

おきたそうじ
沖田総司
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幕末の悲劇のアイドル・沖田総司ですが、実は生前の彼の写真は一枚も残っていません。私たちが知っている「色白で線の細い美少年」というイメージは、昭和の小説家(司馬遼太郎など)や映画、漫画のキャラクター設定が世間に定着したものです。
では実際の顔はどうだったのか。生前の沖田を知る親戚や関係者の証言を集めると、「背が高く、肩幅が広く、色黒で、ヒラメのような顔(平たい顔)をしていた」という、イケメンとは程遠いリアルな外見が浮かび上がってきます。
02
凄腕の暗殺者としてのイメージが強いですが、京都での日常の彼は驚くほど気さくでした。
壬生(新選組の屯所があった場所)の住人たちの証言によると、沖田はいつも冗談を言ってよく笑い、近所の子供たちを集めては境内で鬼ごっこや相撲をして遊んでいたそうです。新選組の重い空気の中で、彼だけは常に陽気で、周囲を和ませるムードメーカーでした。暗殺集団のトップ剣士と、子供好きの優しい青年というギャップが、彼の真の魅力です。
03
天才剣士でありながら結核に倒れた沖田は、鳥羽・伏見の戦いの後、戦線から離脱して江戸の療養所で隠れるように看病を受けていました。
すでに近藤勇が処刑されていたにもかかわらず、周囲の人間は沖田を悲しませまいと彼にはその事実を隠していました。沖田は死の直前まで「近藤先生から手紙は来ませんか」「近藤先生はどうしているでしょう」と慕う人の身を案じながら、静かに息を引き取りました。史実の沖田もまた、別のベクトルで非常にドラマチックで純粋な人物だったのです。
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