福沢諭吉

ふくざわゆきち

福沢諭吉

福沢諭吉|近代教育を築いた思想家の、酒と武術をめぐる素顔

基本情報

名前
福沢諭吉
読み
ふくざわゆきち
生没年
1835年〜1901年
時代
幕末〜明治
立場・肩書
啓蒙思想家・教育者・慶應義塾創設者
主なゆかりの地
大分県中津市/大阪府大阪市/東京都
代表的な出来事
洋学の普及、慶應義塾の創設、『学問のすゝめ』
関連人物
緒方洪庵・福沢百助

01

「ビールは酒じゃない」という謎理論

若き日の福沢諭吉は、異常なほどの大酒飲みでした。適塾(大阪の蘭学塾)時代には、仲間と一緒に酒を飲んでは暴れるヤンチャな生活を送っています。 あまりの酒癖の悪さに周囲から注意され、ついに「禁酒」を誓った福沢ですが、数日後には我慢できずにビールを飲んでいました。問いただされると、彼は「ビールは西洋の飲み物であり、アルコールではなく『ただの苦い水』であるから、禁酒の誓いには違反していない」という謎の理屈を展開しました。インテリの論理武装が、単なる酒飲みの言い訳に使われた瞬間です。

「ビールは酒じゃない」という謎理論
居合抜きの達人という「武闘派」の顔

02

居合抜きの達人という「武闘派」の顔

啓蒙思想家として「ペンは剣よりも強し」を体現したような人物ですが、実は福沢自身が「剣」においても超一流でした。 福沢が剣術・居合を学んだことは伝記で知られますが、流派の段位や「達人」という評価の細部は資料により確認範囲が異なります。晩年になっても、健康法として毎日のように真剣(日本刀)をビュンビュンと振り回し、晩年まで身体を動かす習慣を重んじたことが伝えられています。

03

自分の子供には「勉強よりもまず健康」

日本の近代教育の基礎を作った人物ですが、自身の子供に対する教育方針は意外なほど体育会系でした。 彼は「獣身を成して、のちに人心を養う(まずは動物のように頑丈な体を作り、その後に人間の心を育てる)」と説き、幼い子供には字を教えず、ひたすら外で泥だらけになって遊ばせました。知性とは、強靭な肉体と精神の余裕から生まれるという彼自身の経験則です。

自分の子供には「勉強よりもまず健康」

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