平清盛

たいらのきよもり

平清盛

平清盛|高熱で水が沸騰? 平清盛の「夕日呼び返し」と規格外の最期

基本情報

名前
平清盛
読み
たいらのきよもり
生没年
1118年~1181年
時代
平安時代末期
立場・肩書
武将・公卿・太政大臣
主なゆかりの地
京都・福原・厳島
代表的な出来事
太政大臣への就任、平家政権の樹立、日宋貿易の推進
関連人物
平忠盛、後白河法皇、平重盛

01

扇で沈む「夕日」を呼び返した伝説

清盛の権力の巨大さと傲慢さを象徴するエピソードとして有名なのが、広島県の「音戸の瀬戸(おんどのせと)」の開削工事における伝説です。 宋(中国)との貿易船をスムーズに通すため、清盛は海峡を切り開く大工事を行っていました。しかし、工事がもう少しで終わるという時に夕日が沈みかけてしまいました。すると清盛は山の上に立ち、開いた扇で沈みゆく太陽を「戻れ!」と仰いで、なんと夕日を天に引き戻し、強引に明るいうちに工事を終わらせてしまったというのです。(※これはあくまで後世に作られた伝説・推測の域を出ませんが、彼の圧倒的な権勢を表現するダイナミックな物語です)。

扇で沈む「夕日」を呼び返した伝説
革新的だった「日宋貿易」

02

革新的だった「日宋貿易」

軍記物語では「わがままな暴君」として描かれがちな清盛ですが、政治家としては極めて優秀で革新的な人物でした。 当時、農業の税収だけに頼っていた日本の政治経済において、清盛は「海外との貿易(日宋貿易)」で国を豊かにしようと考えました。現在の神戸に巨大な港(大輪田泊)を整備し、中国の貨幣(宋銭)を日本に大量に輸入して貨幣経済の基礎を作ったのです。時代を数百年先取りしていたグローバルなビジネスマンでした。

03

死の直前、水が沸騰するほどの「高熱」

そんな清盛の最期は、源平合戦の最中に見舞われた「謎の高熱」による病死でした。 『平家物語』には、その熱の凄まじさがオカルトチックに描かれています。「熱すぎて誰も清盛の体に触れられない」「体を冷やそうとして水をかけると、一瞬でジュッと沸騰して湯気になった」と記されているのです。現代の医学的推測では、マラリアなどの熱帯性の感染症だったのではないかと言われていますが、驕れる平家のトップにふさわしい、壮絶な最期の描写です。

死の直前、水が沸騰するほどの「高熱」

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