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弟ばかり可愛がられる「不遇の幼少期」
家光は長男でしたが、病弱で吃音(言葉をうまく発せない)があったとされ、両親(秀忠と江)は容姿端麗な弟の忠長ばかりを可愛がっていました。「このままでは弟が将軍になってしまう」と焦った乳母の春日局が、大御所である徳川家康に直訴します。家康がわざわざ江戸城へやってきて「長男の家光が跡継ぎである!」と態度で示したことで、家光は救われました。

とくがわ いえみつ
徳川家光
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家光は長男でしたが、病弱で吃音(言葉をうまく発せない)があったとされ、両親(秀忠と江)は容姿端麗な弟の忠長ばかりを可愛がっていました。「このままでは弟が将軍になってしまう」と焦った乳母の春日局が、大御所である徳川家康に直訴します。家康がわざわざ江戸城へやってきて「長男の家光が跡継ぎである!」と態度で示したことで、家光は救われました。
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この出来事により、家光は祖父・家康を「神」のように深く崇拝するようになります。生涯にわたってお守り(家康の遺髪など)を肌身離さず持ち歩き、さらには「夢の中に家康公が出てきた!」と大喜びして、狩野派の絵師にその姿(霊夢像)を何度も描かせました。まさに究極の「家康推し(ファン)」です。
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将軍就任後、家光は大名たちを集めてこう宣言しました。「祖父や父は諸大名と同輩(仲間)だったが、余は『生まれながらの将軍』である。これからはお前たちを家臣として扱う!」。この圧倒的なカリスマ(背後には家康の威光)によって参勤交代などを強制し、逆らう大名は容赦無く改易して幕府の絶対的な権力を完成させたのです。
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