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京都が攻められたら即逃げる!必殺「空き家戦法」
義詮の時代は「南北朝時代」の真っ只中。ライバルである南朝の軍勢が、何度も京都に攻め込んできました。普通の武将なら命がけで都を守りますが、義詮は違います。「敵が来た!よし、みんなで近江(滋賀)へ逃げろ!」と、あっさり京都を放棄してしまうのです。敵が空っぽの京都で油断しているところを、兵糧攻めにして一気に逆襲。彼はなんとこの「わざと逃げて取り返す」戦法を4回も繰り返し、最終的にすべて勝利を収めました。


あしかがよしあきら
足利義詮
室町幕府を開いた初代・足利尊氏と、金閣寺を建てた3代・足利義満。超有名人な父と息子に挟まれて、絶望的に影が薄い2代将軍・足利義詮(あしかが よしあきら)。しかし、実は室町幕府が200年以上続いたのは彼の「逃げ上手」と「中間管理職のような苦労」のおかげでした。偉大な地味将軍の、笑って泣けるエピソードをご紹介します。
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義詮の時代は「南北朝時代」の真っ只中。ライバルである南朝の軍勢が、何度も京都に攻め込んできました。普通の武将なら命がけで都を守りますが、義詮は違います。「敵が来た!よし、みんなで近江(滋賀)へ逃げろ!」と、あっさり京都を放棄してしまうのです。敵が空っぽの京都で油断しているところを、兵糧攻めにして一気に逆襲。彼はなんとこの「わざと逃げて取り返す」戦法を4回も繰り返し、最終的にすべて勝利を収めました。

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義詮が抱えていた最大の悩みは、味方であるはずの武将たちが「息をするように裏切る」ことでした。昨日まで一緒に酒を飲んでいた家臣が、翌日には南朝に寝返って京都に攻めてくるようなクレイジーな時代です。彼は裏切った武将を根気強く説得し、恩賞(土地)をチラつかせて引き戻すという、現代のブラック企業の中間管理職のような泥臭い根回しを毎日続け、バラバラだった武士たちを必死にまとめ上げました。

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「空き家戦法」や「部下の寝返り対応」で幕府のシステムを確立し、天才的な息子・義満へバトンを渡した義詮。しかし、あまりにも過酷なストレスは彼の肉体を蝕んでいました。記録によると、彼は晩年に「異常な量の鼻血」を出し続け、重い病に倒れてわずか38歳でこの世を去ってしまいます。彼が寿命を削って裏方の仕事を完璧にこなしたからこそ、室町幕府の黄金期が訪れたのです。

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