坂本龍馬

さかもとりょうま

坂本龍馬

坂本龍馬|「作られた英雄」か、類まれなネゴシエーターか。坂本龍馬の虚と実

基本情報

名前
坂本龍馬
読み
さかもとりょうま
生没年
1836年〜1867年
時代
幕末
立場・肩書
土佐藩出身の志士/海援隊
主なゆかりの地
高知県高知市/京都府京都市/鹿児島県
代表的な出来事
薩長同盟の仲介、大政奉還をめぐる活動、近江屋での暗殺
関連人物
中岡慎太郎・お龍・乙女

01

薩長同盟の「黒幕」ではなかった?

現代の私たちが抱く「一人で時代を動かした天才」という坂本龍馬のイメージは、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』の影響が絶大です。

最新の歴史研究では、龍馬が「薩長同盟」や「大政奉還」のシナリオをゼロから一人で書き上げたという説は否定されつつあります。薩摩と長州を結びつける構想は、当時の長州の指導者層や、他の志士たち(中岡慎太郎など)の間で既に共有されていました。史実の龍馬は、そのプロジェクトを円滑に進めるための「実務担当者」であり「優れた仲介人」だったというのが、現在の有力な見方です。

薩長同盟の「黒幕」ではなかった?
姉への手紙に見る「愛すべき自己アピール」

02

姉への手紙に見る「愛すべき自己アピール」

では、史実の龍馬はつまらない人物だったのかというと、全くそんなことはありません。彼が残した約140通もの手紙(特に姉・乙女宛て)を読むと、非常に魅力的で人間臭い素顔が浮かび上がります。

「日本を今一度せんたくいたし申候」という有名なフレーズも、実は姉への手紙に書かれたものです。「俺はこんなにすごい奴らと付き合ってるんだぜ」「幕府の役人も俺の言うことを聞くんだ」といった、少々盛った自己アピールや冗談がユーモアたっぷりに綴られています。人たらしで、誰の懐にも飛び込める愛嬌こそが、彼の最大の武器でした。

03

日本初の新婚旅行は「療養と仕事」のついで

龍馬といえば、妻のお龍を連れて鹿児島を旅した「日本初の新婚旅行」のエピソードが有名です。

しかしこれも、現代の私たちが想像するようなロマンチックなバカンスではありません。寺田屋事件で負った刀傷を癒やすための「湯治(温泉療養)」が最大の目的であり、さらに薩摩藩の庇護を受けながら、次のビジネス(海援隊の活動)に向けた人脈作りを行うための出張でもありました。どんな状況でもタダでは転ばない、抜け目ないビジネスマンとしての顔が垣間見えます。

日本初の新婚旅行は「療養と仕事」のついで

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