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有名な「太った肖像画」は別人の可能性大
武田信玄といえば、どっしりとした巨漢で、白い毛をあしらった角付きの兜を被った姿を思い浮かべます。しかし近年、教科書にも載っていたあの有名な肖像画は「畠山義続(または義綱)という別の武将を描いたものではないか」という説が極めて有力になっています。
実際の信玄を描いたとされる別の肖像画(高野山成慶院所蔵など)を見ると、どちらかと言えばひょろっとしたスマートな細顔で描かれています。無敵の虎のイメージは、後世にかなり脚色されていたのです。

たけだしんげん
武田信玄
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武田信玄といえば、どっしりとした巨漢で、白い毛をあしらった角付きの兜を被った姿を思い浮かべます。しかし近年、教科書にも載っていたあの有名な肖像画は「畠山義続(または義綱)という別の武将を描いたものではないか」という説が極めて有力になっています。
実際の信玄を描いたとされる別の肖像画(高野山成慶院所蔵など)を見ると、どちらかと言えばひょろっとしたスマートな細顔で描かれています。無敵の虎のイメージは、後世にかなり脚色されていたのです。
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信玄が残した直筆の手紙の中で、最も有名で面白いのが、家臣である春日源助(のちの高坂昌信)に宛てた手紙です。
当時、戦国武将の間で「男色(男性同士の恋愛関係)」は一般的な嗜みでした。信玄は別の若い男(弥七郎)にちょっかいを出したことが本命の恋人である源助にバレてしまい、激しく問い詰められました。それに対して信玄は「弥七郎に声をかけたけど、フラれたんだ! 腹痛を理由に断られたんだ! お前以外の男と寝たことは絶対にない!」という必死の言い訳を手紙に書き、神仏に誓って提出したのです。
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この手紙の最も面白いところは、「もし私が嘘をついていたら、甲斐の国の神々から天罰を受けます」と、国を挙げて自分の貞操を誓っているところです。
戦場では冷徹で隙のない戦術家が、年下の恋人の機嫌をとるためにアワアワと言い訳をしている姿。この「武田晴信誓詞」は現存しており、なんと東京大学史料編纂所という日本最高峰の研究機関に大切に保管されています。戦国最強の男は、恋愛においては完全に尻に敷かれていました。
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