一休宗純

いっきゅうそうじゅん

一休宗純

一休宗純|一休さんのモデル、その破格な禅と伝説

基本情報

名前
一休宗純
読み
いっきゅうそうじゅん
生没年
1394年〜1481年
時代
室町時代
立場・肩書
臨済宗の僧・詩人
主なゆかりの地
京都府京田辺市/京都府京都市
代表的な出来事
大徳寺との関わり、風狂の禅と漢詩
関連人物
華叟宗曇・森侍者

01

戒律ガン無視の「破戒僧」

アニメの「一休さん」は、とんちで大人をやり込める利発な少年ですが、史実の彼(一休宗純)が本領を発揮したのは大人になってからです。 当時の仏教界は権力と結びつき、金儲けや名誉ばかりを重んじていました。一休はこれに激怒し、あえて仏教の戒律(タブー)を全て破る行動に出ます。堂々と肉や魚を食べ、酒をガブ飲みし、男色・女色を問わず遊び、吉原のような遊郭にも平気で出入りしました。これらは単なる堕落ではなく、形だけの戒律をありがたがる僧侶たちへの強烈なアンチテーゼ(批判)だったのです。

戒律ガン無視の「破戒僧」
正月にドクロを掲げて練り歩く

02

正月にドクロを掲げて練り歩く

一休の奇行で最も有名なのが、正月のパフォーマンスです。 人々が新年を祝って浮かれている中、一休は竹の棒の先に本物の「人間のドクロ」を突き刺し、「ご用心、ご用心」と叫びながら京都の町を練り歩きました。「浮かれているが、人間はどうせいつか死んで骨になるのだ。命の儚さを直視しろ」という、極めてブラックでパンクなメッセージです。

03

70代後半での「激しすぎる大恋愛」

一休のアバンギャルドさは晩年になっても衰えません。彼が70代後半になった時、森侍者(しんじしゃ)という40歳ほど年下の盲目の女性と出会い、燃え上がるような大恋愛に落ちます。 彼は『狂雲集』という自身の詩集の中で、彼女との肉体関係や深い愛を、驚くほど赤裸々で情熱的な言葉で綴っています。死の直前まで「彼女と離れたくない」と嘆き、人間の生々しい欲望と愛を肯定し続けた一休。真の「悟り」とは何かを、身を以て表現した強烈な生涯でした。

70代後半での「激しすぎる大恋愛」

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