01
黄金の茶室 VS 二畳の茶室
豊臣秀吉が権力を見せつけるために作ったのが、全てが金ピカの「黄金の茶室」です。これに対し、千利休(せんのりきゅう)が究極の美として設計したのが、わずか二畳(または一畳半)の極小スペースである「待庵(たいあん)」でした。狭くて暗い空間の中で、一杯のお茶に向き合う。天下人の権威に、極限のミニマリズムで対抗したのです。

せんのりきゅう
千利休
01
豊臣秀吉が権力を見せつけるために作ったのが、全てが金ピカの「黄金の茶室」です。これに対し、千利休(せんのりきゅう)が究極の美として設計したのが、わずか二畳(または一畳半)の極小スペースである「待庵(たいあん)」でした。狭くて暗い空間の中で、一杯のお茶に向き合う。天下人の権威に、極限のミニマリズムで対抗したのです。
02
当時の権力者たちは、中国から輸入されたピカピカの茶碗(唐物)をありがたがっていました。しかし利休は、京都の職人(長次郎)に命じて、ゴツゴツとした「真っ黒な茶碗(黒楽茶碗)」を作らせ、「これこそが最高の美だ」と主張しました。秀吉は「黒は陰気で嫌いだ」と赤色を好んだと言われますが、利休は「黒は古き心(普遍的な美)である」と絶対に譲りませんでした。
03
1591年、利休は突然、秀吉の命令によって切腹させられます。理由は「大徳寺の山門に自分の木像を置いたから」など諸説ありますが、本当の理由はわかっていません。一説には、自分の美意識を天下人に押し付け、政治的な発言力も強くなりすぎた利休を、秀吉が疎ましく思ったためとも言われます。芸術家が権力者に妥協することなく、死をもって己の美学を完成させた事件です。
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