以津真天

いつまで

以津真天

以津真天|死体の山から生まれる怪鳥。以津真天の悲しき叫び

基本情報

名称
以津真天
読み
いつまで
分類
妖怪
主な伝承地
京都の夜空に現れ、「いつまで、いつまで」と鳴いて人々を恐れさせた
出現場所
京都の夜空に現れ、「いつまで、いつまで」と鳴いて人々を恐れさせた
特徴
鎌倉時代末期の軍記物語『太平記』に登場する怪鳥。建武元年(1334年)秋、疫病が流行して死体があふれる京都の夜空に現れ、「いつまで、いつまで」と鳴いて人々を恐れさせた。弓の名手・広有(ひろあり)によって射落とされた。
主な伝承・資料
『太平記』(第十二巻 広有射怪鳥事)、鳥山石燕『今昔画図続百鬼』

01

ノコギリのくちばしを持つ怪鳥

京都に疫病が大流行した年の秋、夜な夜な紫宸殿(天皇の御所)の上空に、巨大な怪鳥が飛び交うようになりました。

その姿は異様で、顔は人間の男、体はヘビ、両足には鋭い爪があり、くちばしは「ノコギリ」のようにギザギザでした。両翼を広げると約5メートルにもなり、その不気味な姿は都の人々を震え上がらせました。

ノコギリのくちばしを持つ怪鳥

02

「いつまで!」という死者の怨み

この怪鳥の最も恐ろしい点は、その鳴き声です。夜空から「いつまで、いつまで(以津真天)!」と、人の言葉で不気味に泣き叫ぶのです。

当時の京都は疫病で死者が溢れ、鴨川の河原には遺体が埋葬されずに放置されていました。「いつまで俺たちの死体を放っておくんだ!」という、死者たちの悲しみと怒り(怨念)が一つに集まり、この怪鳥を生み出したと考えられています。

「いつまで!」という死者の怨み

03

弓の名手による「怪鳥討伐」

恐怖に陥った朝廷は、弓の名手である隠岐次郎左衛門広有(おきのじろうざえもんひろあり)に怪鳥の討伐を命じます。

広有は鏑矢(かぶらや=音の鳴る矢)をつがえ、見えない暗闇の夜空に向かって見事に矢を放ち、怪鳥を射落とすことに成功しました。この功績で彼は「真弓」という名前を賜りました。妖怪退治の武勇伝であると同時に、鎌倉幕府の滅亡と混乱(死体の放置)という過酷な現実の歴史がベースになっている、非常に生々しい妖怪伝承です。

弓の名手による「怪鳥討伐」

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