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国芳の巨大骸骨は、もともと「がしゃどくろ」ではない
歌川国芳の三枚続『相馬の古内裏』は、滝夜叉姫が妖術で呼び出した巨大な骸骨が大宅太郎光圀らを脅かす場面を描いた作品です。現在はがしゃどくろの代表的なイメージとして紹介されることがありますが、作品中の骸骨に「がしゃどくろ」という名が付いていたわけではありません。
つまり、江戸期の強烈な巨大骸骨の図像と、後世に広まった妖怪名・設定は分けて見る必要があります。古い絵が残っているからといって、その妖怪名まで江戸時代から存在したとは限らないのです。

がしゃどくろ
がしゃどくろ
01
歌川国芳の三枚続『相馬の古内裏』は、滝夜叉姫が妖術で呼び出した巨大な骸骨が大宅太郎光圀らを脅かす場面を描いた作品です。現在はがしゃどくろの代表的なイメージとして紹介されることがありますが、作品中の骸骨に「がしゃどくろ」という名が付いていたわけではありません。
つまり、江戸期の強烈な巨大骸骨の図像と、後世に広まった妖怪名・設定は分けて見る必要があります。古い絵が残っているからといって、その妖怪名まで江戸時代から存在したとは限らないのです。

02
現在知られる「がしゃどくろ」は、古い村落伝承の記録よりも、昭和期以降の妖怪出版のなかで名称と設定が広まった妖怪として扱うのが安全です。戦死者や行き倒れた死者の怨念が集まり、巨大な骸骨になるという説明も、この近現代のイメージ形成と切り離せません。
国芳の巨大骸骨という視覚的に強い古画が、後世の妖怪図鑑で新しい妖怪像と結びついたことで、「昔からこの姿で語られていた妖怪」のように見えやすくなりました。がしゃどくろの面白さは、まさに古い絵と新しい名前が重なったところにあります。

03
『日本霊異記』には、備後国の竹藪で髑髏の目の部分に筍が生え、「目が痛い」と訴える怪異の説話があります。通りかかった人物が筍を抜くと、のちに髑髏の主が恩を返すという内容です。古い日本にも髑髏をめぐる怪異譚が存在したことは確かです。
ただし、この説話を「がしゃどくろの原典」や「耳鳴りの設定の直接の起源」と断定する根拠にはなりません。巨大骸骨の現代妖怪と、古典に残る髑髏説話は、似たモチーフを持ちながらも別の資料として読むのが適切です。

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