椎根津彦

しいねつひこ

椎根津彦

Generated illustration: are-iina

椎根津彦|亀に乗って現れた海の男! 椎根津彦の「水先案内人」

基本情報

名称
椎根津彦
読み
しいねつひこ
神格・役割
神武東征の際、速吸門(はやすいのと=現在の豊予海峡など)で神武天皇一行が出会った国津神
系譜
資料上確認できず
関連する神
資料上確認できず
主なゆかりの地
大和
主な登場資料
『古事記』(中巻)、『日本書紀』(神武天皇紀)、椎根津彦神社(大分県大分市)由緒
代表的な物語
神武東征の際、速吸門(はやすいのと=現在の豊予海峡など)で神武天皇一行が出会った国津神。『古事記』では槁根津日子(サオネツヒコ)、『日本書紀』では椎根津彦(シイネツヒコ)と表記される。海路の案内役(水先案内人)を務め、のちの大和国造(やまとのくにのみやつこ)の祖となった。

01

「亀の甲羅」に乗って登場するインパクト

神武天皇の船団が、潮の流れが激しい速吸門(はやすいのと)に差し掛かり、どうやって海峡を越えればいいか悩んでいた時のこと。なんと海の上から、巨大な「亀の甲羅」に乗って釣りをしながら近づいてくる男がいました。神話の中でも一、二を争うほどクセが強くてファンタジックな初登場シーンです。

「亀の甲羅」に乗って登場するインパクト

02

船を導く「棹(さお)」の達人

天皇から「お前は誰だ、海路を知っているか?」と問われ、男は「私は国津神です。海の道ならよく知っています」と答え、天皇の船に引き入れられました。天皇は彼に、船を操るための棹(さお)を与え、「サオネツヒコ(棹の達人)」という名を授けました。彼の的確なナビゲートのおかげで、軍は無事に瀬戸内海を進むことができたのです。

船を導く「棹(さお)」の達人

03

のちの「大和国造」のルーツ

ただの道案内のおじさんではありません。彼は大和での最終決戦でも水軍を率いて活躍し、建国後にはその大きな功績が認められて「大和国造(やまとのくにのみやつこ)」という、大和地方の行政トップの地位を与えられました。亀に乗った地元の漁師が、国家のトップ官僚へと成り上がった痛快なサクセスストーリーです。

のちの「大和国造」のルーツ

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