五瀬命

ひこいつせのみこと

五瀬命

五瀬命|太陽に向かって戦うな! 五瀬命の「無念の戦死と教訓」

基本情報

名称
五瀬命
読み
ひこいつせのみこと
神格・役割
初代・神武天皇(若御毛沼命)の一番上の兄
系譜
初代・神武天皇(若御毛沼命)の一番上の兄
関連する神
アマテラス
主なゆかりの地
日向・大和
主な登場資料
『古事記』(中巻)、『日本書紀』(神武天皇紀)、竈山神社(和歌山県・五瀬命の墓所とされる)由緒
代表的な物語
初代・神武天皇(若御毛沼命)の一番上の兄。『古事記』では五瀬命(イツセ)、『日本書紀』では彦五瀬命と表記される。兄弟とともに日向(宮崎県)から東征に出発するが、大和(奈良県)への入り口で長髄彦(ナガスネヒコ)の軍と戦い、流れ矢に当たって戦死した。

01

弟・神武天皇を支えた頼れる「長男」

五瀬命(イツセ)は、日向(宮崎県)の地で「どこに行けば天下を平和に治めることができるか」と弟(神武天皇)と相談し、自ら軍を率いて東の美しい土地(大和国)を目指す「神武東征」の旅に出発しました。兄弟のリーダーとして、数々の困難を乗り越えて海を渡った頼れるお兄さんです。

弟・神武天皇を支えた頼れる「長男」

02

長髄彦の矢と「太陽の教訓」

大和国の入り口である孔舎衛坂(くさえのさか)での激戦中、敵のリーダー・長髄彦が放った矢が五瀬命の腕に突き刺さりました。負傷した彼はハッと気づきます。「我々は太陽の神(アマテラス)の孫なのに、太陽が昇る方向(東)に向かって戦ったのが間違いだったのだ!」。自然の理(神の属性)を無視した戦術のミスを深く悟った瞬間です。

長髄彦の矢と「太陽の教訓」

03

兄の死を乗り越えた「戦術変更」

五瀬命は「これからは太陽を背にして(西から東へ向かって)戦おう」と軍を迂回させますが、傷が悪化して紀伊国(和歌山県)の男水門で雄叫びを上げて無念の死を遂げます。この長男の悲劇的な犠牲とアドバイスがあったからこそ、弟の神武天皇は熊野ルートから太陽を背にして戦う戦術に切り替え、見事に大和を平定できたのです。

兄の死を乗り越えた「戦術変更」

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