弟橘媛

おとたちばなひめ

弟橘媛

弟橘媛|荒波への身投げ! 弟橘媛の「自己犠牲と純愛」

基本情報

名称
弟橘媛
読み
おとたちばなひめ
神格・役割
東征の途中、走水海(東京湾)で海神の怒りに触れて船が沈みそうになった際、海神を慰めるために自ら海に入水し、夫の命を救った
系譜
命と引き換えに嵐を静めた彼女の深い愛は、無敵の夫の心に一生消えない悲しみと愛妻家の涙を刻み込んだ
関連する神
海神
主なゆかりの地
走水海
主な登場資料
『古事記』(中巻)、『日本書紀』(景行天皇紀)
代表的な物語
ヤマトタケル(日本武尊)の妃(妻)。『古事記』では弟橘比売命、『日本書紀』では弟橘媛と表記される。東征の途中、走水海(東京湾)で海神の怒りに触れて船が沈みそうになった際、海神を慰めるために自ら海に入水し、夫の命を救った。

01

海神の怒りを鎮めるための「身投げ」

ヤマトタケルが東国の討伐に向かう際、走水(東京湾の浦賀水道)を渡ろうとしましたが、タケルが「こんな小さな海、ひとっ飛びだ」と海神をバカにしたため、海神が激怒して大嵐を起こしました。船が沈む絶体絶命のピンチの中、妻である弟橘媛(オトタチバナヒメ)は「私が海に入って神の怒りを鎮めます。あなたは任務を全うしてください」と、自ら荒れ狂う海へ身を投げたのです。

海神の怒りを鎮めるための「身投げ」

02

海に浮かぶ「櫛」の切なさ

彼女が海に飛び込むと、嘘のように嵐はピタリと止み、ヤマトタケルの船は無事に対岸へと渡ることができました。その7日後、海辺に彼女が使っていた美しい「櫛(くし)」だけがぽつんと流れ着きました。この櫛をお祀りしたのが、現在の橘樹神社(千葉県茂原市など)の起源だとされています。

海に浮かぶ「櫛」の切なさ

03

ヤマトタケルの後悔「吾妻はや」

任務を終えて帰る途中、足柄峠(または碓氷峠)に立ったヤマトタケルは、海を見下ろして「あづまはや(ああ、私の愛する妻よ……)」と三度も大きな声で嘆き悲しみました。無敵の英雄が初めて見せた、妻を失った永遠の後悔。この彼の悲痛な叫び声が、現在の関東地方を「吾妻(あずま=東)」と呼ぶようになった語源だという、美しくも悲しい地名由来説話です。

ヤマトタケルの後悔「吾妻はや」

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