Photo: Gnsin / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.001
徳川家康の都市計画「大須越」で町ごと引っ越した寺院
宝生院(大須観音)は、元弘3年(1333年)に後醍醐天皇の勅願により、尾張国中島郡大須庄(現在の岐阜県羽島市)に創建されました。しかし、江戸幕府を開いた徳川家康は、名古屋城の築城に伴う城下町の整備計画において、この由緒ある寺院に目を付けました。 慶長17年(1612年)、家康の命により、宝生院は寺の堂宇だけでなく、周辺に住む人々や町全体を巻き込んで、現在の名古屋市中区へと大規模な移転を行いました。これは「大須越(おおすごし)」と呼ばれ、名古屋の城下町を水害から守り、同時に宗教的な結界(南の守り)を構築するための強引かつ合理的な都市計画でした。 現在、日本有数の規模を誇る「大須商店街」は、家康によって強制的に移住させられた大須観音の門前町がそのまま発展して形成されたものです。





















































