三十三間堂

れんげおういん ほんどう(さんじゅうさんげんどう)

三十三間堂

三十三間堂|なぜ「33」なのか。1001体の観音像を守る、平安時代の驚異の「免震構造」

ズラリと並ぶ1001体の黄金の観音像。圧巻の光景で知られる三十三間堂ですが、なぜ「三十三」という数字なのかご存知ですか? さらに、横に長すぎる奇妙な建物は、地震の揺れを逃がすための「免震構造」を平安時代に実現した超絶技巧の産物だったのです。仏像の顔に隠された秘密と合わせて、驚異の空間を解剖します。

基本情報

名称
蓮華王院 本堂(通称:三十三間堂)
読み
れんげおういん ほんどう(さんじゅうさんげんどう)
所在地
京都府京都市東山区三十三間堂廻り町657
創建
長寛2年(1164年)
宗派
天台宗(妙法院門跡の境外仏堂)
本尊
千手観音坐像
主な見どころ
1001体の千手観音立像、風神雷神像、二十八部衆像
ゆかりの人物
後白河上皇、平清盛

三十三間堂を、なぜ「33」なのか。1001体の観音像を守る、平安時代の驚異の「免震構造」という切り口から読み直します。

01

「三十三」は観音様が変身するパターンの数

「三十三間堂」という名前は通称で、正式名称は「蓮華王院 本堂」といいます。ではなぜ三十三と呼ばれるのでしょうか。それは、建物の柱と柱の間(間数)が33あるからです。建物の全長は約120メートルにも及びます。では、なぜ32でも34でもなく、33でなければならなかったのか。それは『法華経』という経典に、「観音菩薩は、人々を救うために相手に合わせて33の異なる姿に変身して現れる」と記されているからです(観音の三十三身)。つまり、横に長い33の空間と、そこに並ぶ1001体の観音像は、「どんな悩みを持つ人でも、どのような姿になってでも、絶対に漏らさず救済する」という、観音様の無限の慈悲を空間全体で表現した超巨大なインフォグラフィックなのです。

「三十三」は観音様が変身するパターンの数

「三十三」は観音様が変身するパターンの数

Photo: LEGACY_REFERENCE: /var/lib/are-iina/unpublished/temples/sanjusangendo

02

「会いたい人に似た顔がある」のはなぜか

1001体の千手観音立像は、パッと見るとすべて同じように見えます。しかし、「三十三間堂には、会いたい人に似ている仏像が必ずある」という有名な言い伝えがあります。これは単なる都市伝説ではありません。像が作られた鎌倉時代(創建時の堂は焼失し、鎌倉時代に再建)、慶派、院派、円派と呼ばれる当時の仏師集団が総動員され、数十年がかりで手分けして彫り上げました。作者が異なれば、当然ながら顔の輪郭、目の細さ、唇の厚さなど、表情に微妙な個性(個体差)が生まれます。1001パターンのわずかに異なる人間の顔のバリエーションが並んでいるため、確率論的に「知っている誰か」の面影を見つけやすくなっているのです。

「会いたい人に似た顔がある」のはなぜか

「会いたい人に似た顔がある」のはなぜか

Photo: LEGACY_REFERENCE: /var/lib/are-iina/unpublished/temples/sanjusangendo

03

地震のエネルギーを逃がす平安時代の「免震」

これほど横に長い木造建築は、地震の揺れに対して非常に脆いのが普通です。しかし、三十三間堂は過去の数々の大地震を耐え抜いてきました。その秘密は、床下にあります。この建物の地下には「版築(はんちく)」という、土と砂と粘土をミルフィーユ状に何層にも硬く突き固めた強固な地盤が作られています。これがクッションの役割を果たし、地震の揺れのエネルギーを吸収・分散させるのです。さらに、建物の骨組み全体が、揺れに対してガチガチに固定するのではなく、木の「しなり」を利用して揺れに合わせて動き、力を逃がす「柔構造」で設計されています。現代の超高層ビルにも通じる高度な免震テクノロジーが、すでに平安時代末期の京都で実用化されていた事実に、驚きを禁じ得ません。

地震のエネルギーを逃がす平安時代の「免震」

地震のエネルギーを逃がす平安時代の「免震」

Photo: LEGACY_REFERENCE: /var/lib/are-iina/unpublished/temples/sanjusangendo

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