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侵略者(モンゴル軍)をも弔う「怨親平等」の精神
円覚寺を発願したのは、元寇という未曾有の国難に立ち向かった若き鎌倉幕府の執権・北条時宗です。 二度にわたるモンゴル軍の襲来(文永の役・弘安の役)により、日本側も敵側も数え切れないほどの戦死者を出しました。 時宗はこの凄惨な戦いの後、自らの師である中国の高僧・無学祖元(むがくそげん)を開山として円覚寺を創建します。 驚くべきは、その創建の目的です。 「国を守るために死んだ日本の武士たちを弔う」だけでなく、「日本を侵略しにきて死んだモンゴル兵たちも、分け隔てなく平等に弔う」と宣言したのです。 これを仏教用語で「怨親平等(おんしんびょうどう)」と言います。憎き敵であっても、死ねばみな同じ仏の子であるという、当時の常識を覆すほどのスケールの大きなヒューマニズムが、円覚寺のルーツなのです。


Photo: Tsuyoshi chiba / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0




































