銀閣寺

ぎんかくじ

銀閣寺

Photo: Marie-Sophie Mejan / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

銀閣に銀箔は貼られていなかった。最新調査が暴いた「カラフルな本当の姿」

金閣寺が金ピカなら、なぜ銀閣寺には銀箔が貼られていないのか?「お金が足りなかったから」「わびさびの精神だから」――実はどちらも間違っています。最新の科学調査が暴いたのは、真っ黒な漆塗りの壁に白い土が輝く、予想外に「カラフルでアバンギャルド」な銀閣の姿でした。渋いイメージが覆る真実の姿をご紹介します。

基本情報

名称
東山 慈照寺(通称:銀閣寺)
読み
ひがしやま じしょうじ(ぎんかくじ)
所在地
京都府京都市左京区銀閣寺町2
創建
延徳2年(1490年)
宗派
臨済宗相国寺派
本尊
釈迦如来
主な見どころ
銀閣(観音殿)、向月台、銀沙灘、東求堂
ゆかりの人物
足利義政、夢窓疎石

01

そもそも「銀を貼る予定」は最初から無かった

室町幕府8代将軍・足利義政が造営した山荘が銀閣寺のルーツです。まず結論から言えば、義政は最初から銀箔を貼るつもりなど全くありませんでした。「資金不足で貼れなかった」わけでもありません。義政が残した書状や当時の記録のどこを見ても、銀箔を使用する指示や予定は一切見つかっていないのです。「銀閣」という名称自体が、江戸時代に入ってから金閣と対比させる形で後世の人々が勝手に名付けたニックネームに過ぎません。義政自身は、この建物を「観音殿」と呼んでいました。

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02

科学調査で判明した「真っ黒と真っ白」の派手なデザイン

では、創建当時の銀閣は、現在のような地味で渋い「素木(しらき)」の姿だったのでしょうか。それも違います。平成19年(2007年)から行われた大規模な修復・保存調査で、最先端のエックス線撮影や顕微鏡による成分分析が行われました。その結果、外壁の木材の表面から「黒漆(くろうるし)」の成分が、さらに窓枠などからは「白土(はくど)」と呼ばれる白い顔料の成分が大量に検出されたのです。つまり、義政が完成させた当初の銀閣は、外壁がツヤツヤの真っ黒な漆塗りで、窓枠がパキッとした真っ白。さらに2階の内部は、極彩色の仏画が描かれた非常に派手な空間だったことがわかりました。当時の銀閣は、現代の私たちが思う「枯れたわびさび」とは真逆の、極めてモダンでコントラストの強い、アバンギャルドな建築だったのです。

科学調査で判明した「真っ黒と真っ白」の派手なデザイン

03

「わびさび」は後から作られた

現在私たちが銀閣寺を見て「渋くて美しい」と感じるのは、数百年という途方もない時間の中で雨風に打たれ、漆が剥げ落ち、木肌が露出した結果の姿を見ているからです。義政は政治から逃避し、文化や芸術(茶道、華道、建築など)に没頭しました。彼がこの東山の地でパトロンとなって育て上げた文化を「東山文化」と呼び、これが現在の和室(書院造)や日本人の美意識のルーツとなっています。義政が作り上げた洗練された空間が、長い年月をかけて劣化し、それを後世の私たちが「わびさびの究極形」として再解釈した。銀閣寺は、建てた人間の意図を超えて、時間が完成させた奇跡のアート作品だと言えるでしょう。

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