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そもそも「銀を貼る予定」は最初から無かった
室町幕府8代将軍・足利義政が造営した山荘が銀閣寺のルーツです。まず結論から言えば、義政は最初から銀箔を貼るつもりなど全くありませんでした。「資金不足で貼れなかった」わけでもありません。義政が残した書状や当時の記録のどこを見ても、銀箔を使用する指示や予定は一切見つかっていないのです。「銀閣」という名称自体が、江戸時代に入ってから金閣と対比させる形で後世の人々が勝手に名付けたニックネームに過ぎません。義政自身は、この建物を「観音殿」と呼んでいました。
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