Photo: そらみみ / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.001
官兵衛と長政が眠る巨大な黒田家墓所
慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いの戦功によって筑前国(福岡県)五十二万石を与えられた黒田長政は、父・官兵衛とともに福岡城の築城と城下町の整備に着手しました。その際、大宰府にあった崇福寺を博多の現在地に移転させ、黒田家の菩提寺として大規模な伽藍を整備しました。 境内奥の広大な敷地には、初代藩主・黒田長政や、稀代の天才軍師として知られる黒田官兵衛(如水)を含む、歴代福岡藩主とその一族の巨大な墓石(五輪塔や笠塔婆)が林立しています。(※官兵衛の正式な墓所は京都の大徳寺龍光院にもありますが、福岡における一族の墓所としてここに並んで祀られています)。 高さ数メートルにも及ぶ巨大な石塔群は、外様大名でありながら九州において絶大な軍事力と権力を誇った黒田家の威風を、視覚的に強烈に示しています。

