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「大原の三千院」は明治から。京都市中を転々とした流転の歴史
歌の文句などでも有名な「大原の三千院」ですが、最初からこの場所にあったわけではありません。 三千院の起源は、延暦年間(8世紀末〜9世紀初頭)に伝教大師最澄が比叡山延暦寺に建立した「円融房」に遡ります。その後、平安時代後期に皇族が住職(門跡)を務めるようになると、寺の名称は「梶井門跡」や「梨本門跡」と呼ばれ、本坊も比叡山から坂本、そして京都市中(現在の京都府立医科大学付近など)へと何度も移転を繰り返しました。 大原の地は、もともと「大原念仏」と呼ばれる浄土信仰の聖地であり、三千院の政所(管理所)が置かれていましたが、本坊ではありませんでした。明治維新後の明治4年(1871年)、神仏分離などの激動の中で、本坊がこの大原の政所に移され、その際に初めて「三千院」という現在の正式名称が名付けられたのです。つまり、私たちが知る「大原の三千院」の歴史は、明治時代からスタートしたものなのです。

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Photo: Arvined Winstud / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0





































