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政宗の美意識が爆発した「伊達な」本堂
政宗は、領内の復興と自らの権威を示すため、紀州(和歌山)から名工を呼び寄せ、5年の歳月をかけて瑞巌寺を再建しました。金箔が貼られた襖絵や、精緻な透かし彫りの欄間など、戦国武将の「伊達男」らしい、ド派手で洗練された美意識が本堂全体に充満しています。

政宗の美意識が爆発した「伊達な」本堂
Photo: LEGACY_REFERENCE: /var/lib/are-iina/unpublished/temples/zuiganji

ずいがんじ
瑞巌寺
伊達政宗が情熱を注いだ絢爛豪華な本堂。しかし、一歩外へ出ると、そこには無数の洞窟と卒塔婆が並ぶ、ゾッとするような「死の風景」が広がっていました。
瑞巌寺を、豪華絢爛な本堂と、無数の死を弔う洞窟群。伊達政宗が瑞巌寺に仕掛けた「極端な二面性」という切り口から読み直します。
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政宗は、領内の復興と自らの権威を示すため、紀州(和歌山)から名工を呼び寄せ、5年の歳月をかけて瑞巌寺を再建しました。金箔が貼られた襖絵や、精緻な透かし彫りの欄間など、戦国武将の「伊達男」らしい、ド派手で洗練された美意識が本堂全体に充満しています。

政宗の美意識が爆発した「伊達な」本堂
Photo: LEGACY_REFERENCE: /var/lib/are-iina/unpublished/temples/zuiganji
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ところが、参道の脇にある岩盤には、いくつもの四角い穴(洞窟)が開けられています。これは鎌倉時代から江戸時代にかけて、亡くなった人々を供養するために彫られた「石窟」です。松島は古くから「奥州の高野山」と呼ばれる死者の集まる聖地でした。華やかな本堂のすぐ横に、むき出しの「死の霊場」が同居しているのです。

参道に口を開ける「死者のマンション」
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政宗は、寺を豪華に作り替える一方で、この不気味とも言える古い洞窟群を破壊することなく残しました。武将として数多くの命を奪い、死と隣り合わせで生きてきた政宗にとって、「極楽のような美しい本堂」と「死臭漂う洞窟群」は、セットで存在しなければならないリアルな世界観だったのかもしれません。まとめ瑞巌寺は、単なる「伊達政宗の美しいお寺」ではありません。生者のための究極のエンターテインメント空間(本堂)と、死者のための重苦しい霊場(洞窟群)が、何の境界線もなく隣り合っている、人間の生と死のコントラストを味わう劇薬のような空間なのです。

生と死を同居させた政宗の死生観
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