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道長から頼通へ。最高権力者の別荘
平等院がある宇治は、平安貴族にとって風光明媚なリゾート地でした。元々は光源氏のモデルの一人とも言われる源融の別荘などを経て、藤原道長の別荘「宇治殿」となりました。それを息子の頼通が受け継ぎ、寺院へと改めたのが平等院の始まりです。


びょうどういん
平等院
Photo: Martin Falbisoner / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
10円玉でおなじみの平等院鳳凰堂。極楽浄土を表現したこの美しい建物は、元々は寺ではなく、権力者の「個人的な別荘」だったという事実を知っていますか?
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平等院がある宇治は、平安貴族にとって風光明媚なリゾート地でした。元々は光源氏のモデルの一人とも言われる源融の別荘などを経て、藤原道長の別荘「宇治殿」となりました。それを息子の頼通が受け継ぎ、寺院へと改めたのが平等院の始まりです。

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なぜ別荘を寺にしたのでしょうか。1052年は、仏教が衰えて世が乱れる「末法(まっぽう)」の世に突入する初年と信じられていました。貴族たちは死後の地獄に怯え、とにかく極楽浄土へ行きたいと願いました。頼通は莫大な富をつぎ込み、自らの別荘の庭に「実物大の極楽浄土(鳳凰堂)」を作ってしまったのです。

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平等院の面白いところは、現在、特定の宗派に属していない「単立寺院」であることです。管理は浄土宗の「浄土院」と天台宗の「最勝院」という二つのお寺が共同で行っています。極楽浄土を願う気持ちに宗派の壁は関係ない、というおおらかさを今も保っているのです。まとめ平等院鳳凰堂は、末法思想というパニックの中で、時の最高権力者が「カネに物を言わせて自分の庭に作った極楽テーマパーク」でした。その圧倒的な美しさは、神聖な信仰心と、貴族たちの世俗的な権力・財力が融合して生まれた、平安時代の究極のモニュメントです。

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