Photo: Zairon / Wikimedia Commons / CC BY 4.001
金色堂の須弥壇の下には「ミイラ」がいる
中尊寺を造営したのは、平安時代後期に東北地方で絶大な権力を握った奥州藤原氏の初代・藤原清衡(きよひら)です。 彼が建てた「金色堂」は、単なる阿弥陀如来を祀るためのお堂ではありません。 実はこのお堂自体が、奥州藤原氏の「巨大な霊廟(お墓)」なのです。 堂内には3つの須弥壇(仏像が乗っている台座)がありますが、驚くべきことに、その台座の中には、 - 中央壇:初代・藤原清衡 - 右 壇:二代・藤原基衡 - 左 壇:三代・藤原秀衡の遺体(ミイラ化状態)+四代・藤原泰衡(源頼朝に滅ぼされた)の首級 が、現在もそのまま安置されています。 昭和の学術調査で遺体が詳しく調べられ、彼らの血液型や死因、さらには泰衡の首の斬り傷までが明らかになりました。 金ピカの美術品として見ている仏壇のすぐ下に、12世紀の武将たちの生々しい遺体が眠っている。 金色堂は、日本でも類を見ない現役のミイラ霊廟なのです。


