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史実:エリート文化人の突然の転落
橘逸勢(たちばなのはやなり)は、遣唐使として空海らとともに唐(中国)へ渡り、その見事な書道と教養で帰国後も朝廷で活躍した超エリート文化人でした。
しかし842年、朝廷を揺るがす「承和の変(じょうわのへん)」が起きます。皇位継承をめぐる争いの中で、藤原良房という権力者が「橘逸勢らが謀反を企てている!」と告発したのです。逸勢の筆記や書物が証拠として押収されましたが、歴史学的には、藤原氏が他氏族を排除するために仕掛けた完全な「でんっち上げの罠」であったとされています。



