長屋王

ながやおう

長屋王

長屋王|「祟り」は本当にあった? 長屋王の変と天然痘の恐怖

基本情報

名前
長屋王
読み
ながやおう
生きた時代
奈良時代(684年?〜729年)
生前の立場
皇族・政治家/天武天皇の孫
主な伝承地・ゆかりの地
奈良県奈良市(長屋王邸宅跡)
死・怨霊化の経緯
長屋王の変で謀反の疑いをかけられ、妻子とともに自害
祟り・伝承
藤原四兄弟の天然痘死と怨霊伝説
区分
1級怨霊

01

史実の長屋王:豪華絢爛なセレブ生活と突然の破滅

1988年、奈良市内の発掘調査で数万点もの木簡(文字が書かれた木の札)が発見され、長屋王の邸宅跡が特定されました。そこから判明したのは、広大な敷地で氷室(夏用の氷の貯蔵庫)を持ち、鶴を飼い、多数の職員を抱えていた圧倒的なセレブ生活です。

しかし729年、彼は密告により「国家転覆を企てている」という罪を着せられます。藤原氏の勢力拡大を邪魔に思われていた長屋王は、軍兵に邸宅を包囲され、弁明の機会も与えられないまま、妻(吉備内親王)や子どもたちとともに自害に追い込まれました。これが史実として確認できる「長屋王の変」です.

史実の長屋王:豪華絢爛なセレブ生活と突然の破滅

02

伝承の誕生:藤原四兄弟を襲った「疫病」

長屋王を死に追いやったのは、藤原不比等の息子たちである藤原四兄弟(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)でした。彼らは王の死後、政権を独占します。

しかし、その栄華は長く続きませんでした。長屋王の死からわずか8年後の737年、日本中をパンデミックが襲います。猛威を振るった天然痘によって、藤原四兄弟が次々と病死し、当時の人々はこれを長屋王の怨霊の仕業と結び付けました。これは怨霊伝説が定着した経緯として紹介される伝承です。

伝承の誕生:藤原四兄弟を襲った「疫病」

03

現代に蘇る呪い?「デパート建設」の都市伝説

長屋王の怨霊伝説は、昭和・平成の時代に再び注目を集めました。長屋王の邸宅跡地(奈良市)には発掘調査の後に商業施設が建設され、その閉店や撤退が「長屋王の呪いではないか」という都市伝説として語られました。もちろん、経営不振や立地条件など経済的な理由もあります。1300年前の政争の記憶が、現代の都市伝説として語り継がれた例です.

現代に蘇る呪い?「デパート建設」の都市伝説

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