藤原広嗣

ふじわらのひろつぐ

藤原広嗣

藤原広嗣|僧侶を空から落とす! 藤原広嗣のダイナミックな祟り

基本情報

名前
藤原広嗣
読み
ふじわらのひろつぐ
生きた時代
生年不詳〜740年
生前の立場
奈良時代
主な伝承地・ゆかりの地
藤原氏の官人、大宰少弐
死・怨霊化の経緯
大宰府、松浦
祟り・伝承
藤原広嗣の乱、処刑、怨霊伝承
区分
玄昉、吉備真備、聖武天皇

01

史実:エリートの左遷と「藤原広嗣の乱」

藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)は、名門・藤原氏の期待のエリートでした。しかし、権力闘争に敗れて九州の大宰府へ左遷されてしまいます。

当時の朝廷では、唐(中国)から帰国したインテリ僧侶の「玄昉(げんぼう)」らが天皇に取り入り、権力を握っていました。プライドを傷つけられた広嗣は「あんな怪しい僧侶を重用するから政治がおかしくなるのだ!」と激怒し、740年に九州で大規模な反乱を起こします。しかし、朝廷の圧倒的な軍事力の前に敗れ去り、逃亡の末に捕らえられて斬首されました。

史実:エリートの左遷と「藤原広嗣の乱」

02

伝承の誕生:怨霊のターゲットにされた僧侶・玄昉

処刑された広嗣の怒りは凄まじく、標的となったのは、反乱のきっかけを作った憎き政敵・玄昉でした。

広嗣の死から6年後の746年、玄昉が九州に赴任し、観世音寺という寺の落慶法要を行っていた時のことです。伝承によれば、突如として空が黒雲に覆われ、目に見えない巨大な力(広嗣の怨霊)が玄昉の身体をヒョイと空高く持ち上げました。

伝承の誕生:怨霊のターゲットにされた僧侶・玄昉

03

空中分解して墜落。猟奇的な伝承の結末

空中に連れ去られた玄昉は、なんと空の上で手足を引きちぎられ、その遺体のパーツがバラバラになって地上に降ってきた(あるいは墜落して死んだ)と伝えられています。

このオカルト映画のようなスプラッター劇が、民間伝承だけでなく『続日本紀』などの正史を編纂する過程や、当時の貴族たちの日記にも「広嗣の祟り」としてまことしやかに記され、信じられていました。単なる病気や災害ではなく、「直接手を下して物理的に殺す」という、日本の怨霊の歴史の中でも群を抜いてバイオレンスで恐ろしい伝承です。

空中分解して墜落。猟奇的な伝承の結末

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