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史実:エリートの左遷と「藤原広嗣の乱」
藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)は、名門・藤原氏の期待のエリートでした。しかし、権力闘争に敗れて九州の大宰府へ左遷されてしまいます。
当時の朝廷では、唐(中国)から帰国したインテリ僧侶の「玄昉(げんぼう)」らが天皇に取り入り、権力を握っていました。プライドを傷つけられた広嗣は「あんな怪しい僧侶を重用するから政治がおかしくなるのだ!」と激怒し、740年に九州で大規模な反乱を起こします。しかし、朝廷の圧倒的な軍事力の前に敗れ去り、逃亡の末に捕らえられて斬首されました。



