01
史実:完璧な血筋が招いた悲劇
他戸親王(おさべしんのう)は、当時の朝廷において最も「天皇になるべき正統な血筋」を持っていました。母は聖武天皇の娘(井上内親王)、父は天智天皇の孫(光仁天皇)という完璧なサラブレッドだったからです。
順当に皇太子に立てられましたが、それが逆に彼を危険な立場に追い込みました。権力を握りたい藤原氏などの有力貴族にとって、外戚(母方の親戚)になれない他戸親王の存在は非常に邪魔だったのです。


おさべしんのう
他戸親王
01
他戸親王(おさべしんのう)は、当時の朝廷において最も「天皇になるべき正統な血筋」を持っていました。母は聖武天皇の娘(井上内親王)、父は天智天皇の孫(光仁天皇)という完璧なサラブレッドだったからです。
順当に皇太子に立てられましたが、それが逆に彼を危険な立場に追い込みました。権力を握りたい藤原氏などの有力貴族にとって、外戚(母方の親戚)になれない他戸親王の存在は非常に邪魔だったのです。

02
772年、母である井上内親王が「天皇を呪い殺そうとした」という罪を着せられます。
他戸親王自身は呪詛に全く関与していませんでしたが、「罪人の息子が次期天皇になるのは許されない」という理屈で、皇太子の座を剥奪されてしまいます。代わって皇太子になったのは、身分が低い母から生まれた異母兄の山部親王(のちの桓武天皇)でした。他戸親王は母と共に幽閉され、775年、不自然にも母と全く同じ日に息を引き取りました。

03
暗殺としか思えない死を遂げた後、都で疫病や災害が頻発すると、人々は「井上内親王と他戸親王の怨霊だ!」と恐れおののきました。
のちに桓武天皇(山部親王)が即位した後も祟りの恐怖は収まらず、桓武天皇は長岡京への遷都など、怨霊から逃れるための政策を次々と打ち出すことになります。他戸親王は、京都の下御霊神社などで「八所御霊」の一柱として祀られています。大人たちの汚い政治争いに巻き込まれ、怨霊になるしかなかった悲運のプリンスです。

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