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ガリ勉ではない。弓も百発百中の「超ハイスペック官僚」
道真と聞くと、「机に向かってひたすら勉強していたガリ勉タイプ」を想像するかもしれません。確かに菅原家は代々学者の家系であり、道真自身も当時の国家試験に優秀な成績で合格した超エリートです。しかし、彼の実力は机の上だけにとどまりませんでした。
生前の道真が残した詩文集『菅家文草(かんけぶんそう)』には、若い頃の驚くべきエピソードが記されています。ある時、道真は都良香(みやこのよしか)という人物の邸宅に招かれ、弓を射るよう勧められました。すると道真は、百発百中で的を射抜いてみせたというのです。
学問のトップでありながら、武芸にも秀でていた道真。天皇からの信頼も厚く、異例のスピード出世で「右大臣」という政治のトップクラスにまで上り詰めます。
しかし、この「ハイスペックすぎて天皇に可愛がられる」という状況が、周囲の貴族たち(特に藤原氏)の強烈な嫉妬を買うことになります。「あいつ、ちょっと調子に乗ってないか?」とあらぬ疑いをかけられ、道真は九州の大宰府へと左遷されてしまいました。
そして、失意のまま59歳でこの世を去ります。ここから、歴史に残る大パニックが始まります。



