熱田神社

あつたじんぐう

熱田神社

Photo: Gnsin / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

熱田神社|決して見てはならない「絶対秘宝」。草薙神剣をめぐる熱田神宮の命懸けの歴史

基本情報

名称
熱田神宮
読み
あつたじんぐう
所在地
愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1-1
創建・鎮座
景行天皇43年(伝承)
御祭神
熱田大神(草薙神剣を御霊代とする天照大御神)
位置づけ
神道の神社
主な見どころ
本宮、信長塀、宝物館
主な祭事・信仰
地域に伝わる祭事と信仰。日本武尊、織田信長

01

三種の神器「草薙神剣」のすさまじい威力

草薙神剣は、日本神話においてスサノオノミコトが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の尾から取り出したとされる伝説の剣です。その後、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)がこの剣を持って東国を平定した際、敵の放った野火を剣で草を薙ぎ払って難を逃れたことから「草薙」の名がついたとされます。

日本武尊が亡くなった後、その剣を祀るために建てられたのが熱田神宮の始まりです。皇居にある八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と並び、天皇が代々受け継ぐ絶対に欠かせない国宝中の国宝です。

三種の神器「草薙神剣」のすさまじい威力
三種の神器「草薙神剣」のすさまじい威力

Photo: Wikimedia Commons

02

盗み見た神官たちを襲った江戸時代の悲劇

熱田神宮の神剣は「絶対秘宝」であり、決して箱を開けて見てはならないという厳しい掟があります。しかし、江戸時代の天野信景が記した随筆『塩尻』に、恐ろしい記録が残されています。

江戸時代中期、数名の神官たちが「どうしても神剣を見てみたい」という好奇心に負け、夜陰に乗じてこっそりと箱を開けてしまいました。記録によれば、箱の中にはさらに石の箱があり、黄金の光を放つ五尺(約150センチ)ほどの剣が入っていたといいます。

しかし、神のタブーを犯した代償は致命的でした。剣を見た神官たちは次々と原因不明の高熱や病に倒れ、数日のうちに謎の死を遂げたというのです。唯一、途中で恐れをなして見るのをやめた一人だけが一命を取り留め、この証言を残しました。神話のアイテムが、生々しい呪力を伴って存在していることを示す戦慄のエピソードです。

盗み見た神官たちを襲った江戸時代の悲劇
盗み見た神官たちを襲った江戸時代の悲劇

Photo: Wikimedia Commons

03

桶狭間の戦い前夜、信長がすがりついた武神

草薙神剣は武勇の象徴でもあるため、熱田神宮は古くから武将たちの絶大な信仰を集めました。その代表が織田信長です。

永禄3年(1560年)、今川義元の大軍が尾張に攻め込んできた「桶狭間の戦い」。圧倒的に不利な状況の中、出陣した信長が真っ先に向かったのが熱田神宮でした。彼はここで戦勝を必死に祈願し、直後に奇跡的な大勝利を収めます。

感謝した信長は、戦の後に熱田神宮へ立派な築地塀(ついじべい)を寄進しました。これが現在も境内に残る「信長塀」です。合理主義者で神仏を恐れないイメージの強い信長ですが、絶体絶命の窮地においては、日本最強の霊剣にすがりついていたのです。

桶狭間の戦い前夜、信長がすがりついた武神
桶狭間の戦い前夜、信長がすがりついた武神

Photo: Wikimedia Commons

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