北海道神宮

ほっかいどうじんぐう

北海道神宮

Photo: S5A-0043 / Wikimedia Commons / CC BY 4.0

北海道神宮|神様は「ロシア」を睨んでいる?北海道神宮が北東を向いて建てられた政治的理由

開拓の歴史と共に歩んだ北海道最大の神社。しかしその社殿は、参拝者ではなく「ロシア」を睨みつけるように北東を向いて建てられていました。

基本情報

名称
北海道神宮
読み
ほっかいどうじんぐう
所在地
北海道札幌市中央区
創建・鎮座
明治2年(1869年)
御祭神
大国魂神、大那牟遅神、少彦名神、明治天皇
位置づけ
神道の神社
主な見どころ
社殿がロシア帝国の脅威に備え、北東(鬼門)を向いている
主な祭事・信仰
開拓の歴史と共に歩んだ北海道最大の神社。しかしその社殿は、参拝者ではなく「ロシア」を睨みつけるように北東を向いて建てられていました。
開拓使と「三柱の神」の北上

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開拓使と「三柱の神」の北上

明治2年(1869年)、蝦夷地が「北海道」と改称された際、明治天皇の詔により、北海道開拓の守護神として「開拓三神」が祀られました。 <開拓三神> 大和民族が旧日本本土から進出した地域に建立された神社に祀られる三柱の神の総称。  - 大国魂命 - 国土そのものの神霊  - 大己貴命 - 国造りの神  - 少彦名命 - 国造りの協力神 開拓判官・島義勇(しまよしたけ)が、神体を背負って雪深い札幌の地に足を踏み入れたのが始まりです。 つまり、この神社は自然発生的な信仰ではなく、国家の「開拓プロジェクト」として計画的に作られました。

神々は国境の向こうを睨む:北海道神宮が異例の「北東」を向く理由

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神々は国境の向こうを睨む:北海道神宮が異例の「北東」を向く理由

北海道神宮の社殿が、神社建築において極めて異例とされる「北東」を向いて建てられているのには、明治初期の緊迫した国防上の理由があります。 それは、当時最大の仮想敵国であったロシア帝国の南下に対する強固な防衛線としての役割です。 神の強大な威力を盾として、最前線である蝦夷地を死守するという、国家の強烈な地政学的・政治的意図がその方角にはっきりと刻み込まれています。 奥深くに鎮座する開拓の神々が静かに、そして鋭く見据え続けているのは、賽銭箱の前に立つ参拝者ではなく、常に国境の向こう側から迫り来る北の脅威なのです。

桜と梅が同時に咲く神域Photo: MIKI Yoshihito from Sapporo City,Hokkaido., JAPAN / Wikimedia Commons / CC BY 2.0

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桜と梅が同時に咲く神域

厳しい気候の北海道ならではの現象として、北海道神宮の境内では春になると「桜」と「梅」が同時に開花します。 本州では時期がずれる花が一緒に咲く光景は、極寒の地を切り拓いた人々に一斉に訪れる春の喜びの象徴です。政治的な意図で造られた神社は、今では道民の心の拠り所として独自の生態系を育んでいます。 まとめ北海道神宮は、古代の神話ではなく、近代国家の国境防衛と開拓という生々しい歴史の延長線上に誕生した神社です。 北東を睨む社殿の配置は、当時の日本人が抱いていた恐怖と決意の表れであり、北海道という土地の特殊性を静かに物語っています。

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