太宰府天満宮

だざいふてんまんぐう

太宰府天満宮

Photo: Jakub Hałun / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

太宰府天満宮|華麗な本殿の真下は「お墓」だった。菅原道真の絶望と再生の地・太宰府天満宮

基本情報

名称
太宰府天満宮
読み
だざいふてんまんぐう
所在地
福岡県太宰府市宰府4丁目7-1
創建・鎮座
延喜19年(919年)
御祭神
菅原道真公
位置づけ
神道の神社
主な見どころ
御本殿、飛梅、太鼓橋、心字池
主な祭事・信仰
地域に伝わる祭事と信仰。菅原道真、藤原時平

01

御本殿の真下には、道真の遺体が眠っている

通常、神社とは「神様(の魂)を祀る場所」であり、死者の遺体を埋葬する「お墓」ではありません(死は穢れとされるため)。しかし、太宰府天満宮の御本殿の真下には、間違いなく菅原道真の遺体が葬られています。

延喜3年(903年)、大宰府で無念の死を遂げた道真。門弟たちが彼の遺体を牛車に乗せて運ぼうとしたところ、牛が伏して一歩も動かなくなりました。これを「道真公がここにお留まりになりたいのだ」と解釈し、その場所に遺体を埋葬して小さなお堂を建てました。

その後、道真の怨霊を恐れた朝廷が立派な社殿を造営したのが太宰府天満宮です。つまり、ここは神社でありながら、道真という一人の人間の「リアルなお墓」の上に直接建てられた、全国でも極めて特殊な霊廟なのです。受験生が本殿に向かって手を合わせるとき、その直線上の地下には、天才学者の無念の亡骸が眠っているのです。

御本殿の真下には、道真の遺体が眠っている
御本殿の真下には、道真の遺体が眠っている

Photo: ScribblingGeek / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

02

一夜にして京都から飛んできた「飛梅」の真実

太宰府天満宮を語る上で欠かせないのが、本殿に向かって右側に立つ「飛梅(とびうめ)」の伝説です。

道真が京都を出発する際、庭の梅の木に向かって「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」と和歌を詠みました。すると、主を慕った梅の木が一夜にして京都から大宰府まで空を飛んでやってきた、という伝説です。

もちろん物理的に木が空を飛ぶことはありません。この伝説の裏には、道真を慕って京都から後を追ってきた門弟や家族が、こっそりと梅の苗木を大宰府まで運んで植えた、という切ない人間ドラマが隠されていると言われています。人間が運んだのだとしても、命懸けで左遷先まで追いかけてきた人々の忠誠心が「木が飛んできた」という奇跡の物語に昇華されたのです。

一夜にして京都から飛んできた「飛梅」の真実
一夜にして京都から飛んできた「飛梅」の真実

Photo: UNKNOWN / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

03

なぜ大宰府で「合格祈願」をするのか

怨霊の鎮魂の地であり、絶望のまま死んだ人のお墓である場所で、なぜ現代の若者たちは「試験に合格しますように」と希望を祈るのでしょうか。

道真は左遷という絶望の中にありながらも、決して学問と誠実さを捨てませんでした。大宰府での悲惨な生活の中でも天を恨まず、ひたすらに身の潔白を信じて詩を詠み続けました。

太宰府天満宮で祈るということは、単に「頭を良くしてください」とすがるのではなく、道真が不条理な運命に見舞われても最後まで失わなかった「学問への真っ直ぐな姿勢」と「折れない心」を受け取る儀式なのです。悲劇のどん底から日本最高の神へと登り詰めた最強の逆転劇のパワーが、このお墓の上には満ちています。

なぜ大宰府で「合格祈願」をするのか
なぜ大宰府で「合格祈願」をするのか

Photo: Wikimedia Commons

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