出雲大社

いづもおおやしろ

出雲大社

Photo: Saigen Jiro / Wikimedia Commons / CC0

出雲大社|かつては高さ48メートルの「空中神殿」だった? 出雲大社に眠る古代の超巨大建築の謎

基本情報

名称
出雲大社
読み
いづもおおやしろ(いずもたいしゃ)
所在地
島根県出雲市大社町杵築東195
創建・鎮座
神代(国譲り神話に由来)
御祭神
大国主大神
位置づけ
神道の神社
主な見どころ
本殿(国宝)、神楽殿の巨大しめ縄、古代出雲歴史博物館
主な祭事・信仰
地域に伝わる祭事と信仰。大国主大神、天照大御神

01

正式な読み方は「たいしゃ」ではない

まず多くの人が勘違いしているのが、この神社の名前です。「いずもたいしゃ」という呼び方が一般化していますが、正式な読み方は「いづもおおやしろ」です。

日本の古い歴史書である『延喜式』において、「大社(おおやしろ)」という特別な格付けで呼ばれていたのは、全国で出雲大社だけでした。他の神社とは一線を画す、国家的な特例の神社だったことがこの名前からもわかります。大国主大神が国を天照大御神に譲る(国譲り)代わりに、「私の住まいは天の神の御子と同じくらい巨大な宮殿にしてほしい」と要求した神話が、その始まりとされています。

正式な読み方は「たいしゃ」ではない
正式な読み方は「たいしゃ」ではない

Photo: senngokujidai4434 / Wikimedia Commons / CC BY 2.0

02

「48メートルの空中神殿」は嘘ではなかった

その神話の通り、古代の出雲大社本殿はとてつもなく巨大でした。平安時代の記録『口遊(くちずさみ)』には、当時の大きな建物のランキングとして「雲太、和二、京三(1位は出雲大社、2位は東大寺大仏殿、3位は平安京の大極殿)」と記されています。

伝えられるその高さは16丈、なんと約48メートル。現代のビル15階建てに相当します。しかも長い階段の先に神殿がそびえる「空中神殿」のような姿だったというのです。長年、歴史学者たちは「いくら何でも古代の木造建築で48メートルは不可能だ。神話的な誇張にすぎない」と否定してきました。

しかし2000年、本殿の南側の地下から、その定説を根底から覆す大発見がありました。直径1.3メートルもの杉の巨木を3本束ねた、直径約3メートルの巨大な柱(宇豆柱)の根元が発掘されたのです。伝承に描かれていた通りの巨大な柱の配置でした。柱の発掘は巨大な社殿を考える重要な考古学的手がかりとなりましたが、48メートルの復元像そのものが確定したわけではありません。

「48メートルの空中神殿」は嘘ではなかった
「48メートルの空中神殿」は嘘ではなかった

Generated illustration/photo: are-iina

03

なぜ10月に神々が集まるのか

出雲大社といえば、旧暦10月の「神在月(かみありづき)」です。全国の神々が出雲に集まって会議をするため、他の土地では神様が留守になる「神無月(かんなづき)」となります。

では、神々は何を会議しているのでしょうか。それは「人間のご縁」です。誰と誰を結びつけるか、どんな運命を巡り合わせるかという、人間の目には見えない縁(えにし)のネットワークを大国主大神の主導で話し合っていると信じられてきました。

農業や政治の目に見える統治は天皇家(天照大御神)が担い、人間の運命や目に見えない世界(幽事)は大国主大神が統治する。出雲大社は、古代日本人が見出した「表と裏の権力分立」を象徴する、極めて特異でスケールの大きな神社なのです。

なぜ10月に神々が集まるのか
なぜ10月に神々が集まるのか

Generated illustration/photo: are-iina

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