石清水八幡宮

いわしみずはちまんぐう

石清水八幡宮

Photo: C2revenge / Wikimedia Commons / CC0

石清水八幡宮|エジソンの電球を光らせた竹の森。源氏が熱狂した「石清水八幡宮」のハイブリッド要塞

基本情報

名称
石清水八幡宮
読み
いわしみずはちまんぐう
所在地
京都府八幡市八幡高坊30
創建・鎮座
貞観2年(860年)
御祭神
八幡大神(応神天皇)、比咩大神、神功皇后
位置づけ
神道の神社
主な見どころ
国宝・御本殿、エジソン記念碑、男山の竹林
主な祭事・信仰
地域に伝わる祭事と信仰。行教、源義家、トーマス・エジソン

01

エジソンの電球を完成させた「男山の竹」

1879年、アメリカの発明王トーマス・エジソンは白熱電球を発明しましたが、フィラメント(光る糸)がすぐに焼き切れてしまうという壁にぶつかっていました。世界中のあらゆる素材を試した結果、最も長く光り続けたのが「日本の竹」でした。

エジソンは助手を日本へ派遣し、良質な竹を探させます。そして選ばれたのが、ここ石清水八幡宮が鎮座する男山周辺の真竹(まだけ)でした。男山の竹は非常に繊維が太く丈夫で、なんと約1200時間も光り続けるという当時の世界的記録を打ち立てたのです。

現在、境内にはエジソン記念碑が建てられており、毎年エジソンの誕生祭・碑前祭が行われています。神聖な神社の竹林が、世界の夜を明るく照らすテクノロジーのブレイクスルーを支えたという数奇な運命です。

エジソンの電球を完成させた「男山の竹」
エジソンの電球を完成させた「男山の竹」

Photo: Wikimedia Commons

02

「八幡太郎」を生んだ源氏の究極のベースキャンプ

石清水八幡宮を歴史の表舞台に押し上げたのは、武士の棟梁である「源氏」たちです。

平安時代後期、源頼義とその子・義家は、東北地方での戦(前九年の役)に出陣する前、ここで必勝を祈願しました。特に義家は、この石清水八幡宮の神前で元服(成人式)を行い、自らを「八幡太郎義家(はちまんたろうよしいえ)」と名乗りました。

これ以降、源氏の武将たちは「八幡神こそが我ら一族の絶対的な守護神(氏神)である」と強烈に意識するようになります。後に源頼朝が鎌倉に幕府を開いた際、真っ先に石清水八幡宮を鎌倉にコピーして「鶴岡八幡宮」を建てたのもそのためです。日本の武士道と軍神信仰は、この男山の山頂から全国へと広がっていきました。

「八幡太郎」を生んだ源氏の究極のベースキャンプ
「八幡太郎」を生んだ源氏の究極のベースキャンプ

Photo: Wikimedia Commons

03

明治政府に消された「巨大なお寺」の痕跡

現在、石清水八幡宮は立派な「神社」ですが、江戸時代までは「石清水八幡宮寺」という名前の、神社とお寺が完全に一体化した巨大な宗教コンプレックス(神仏習合)でした。

山内には数多くの仏堂が立ち並び、多数の僧侶が読経しながら神に仕えるという、現代の感覚からすると非常にハイブリッドな空間でした。しかし、明治時代の「神仏分離令」により、政府から「神社と寺を完全に分けろ」という命令が下されます。

この時、石清水八幡宮にあった仏像や経典、仏堂はことごとく破壊されたり、他の寺に売り払われたりして消滅し、純粋な「神社」へと強制的に作り変えられてしまいました。現在の国宝の本殿の極彩色のデザインや巨大な造りには、かつての仏教的な荘厳さの名残がかすかに息づいています。

明治政府に消された「巨大なお寺」の痕跡
明治政府に消された「巨大なお寺」の痕跡

Photo: Wikimedia Commons

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